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民選議院設立建白書

明治時代の自由民権運動の、民選議院設立建白書には以下のような一節がある。

臣等伏シテ方今政権ノ帰スル所ヲ察スルニ、上帝室ニ在ラズ、下人民ニ在ラズ、而独有司ニ帰ス。夫有司、上帝室ヲ尊ブト曰ザルニハ非ズ、而帝室漸ク其尊栄ヲ失フ、下人民ヲ保ツト曰ザルニハ非ラズ、而政令百端、朝出暮改、政情実ニ成リ、賞罰愛憎ニ出ヅ、言路壅蔽、困苦告ルナシ。夫如是ニシテ天下ノ治安ナラン事ヲ欲ス、三尺ノ童子モ猶其不可ナルヲ知ル。因仍改メズ、恐クハ国家土崩ノ勢ヲ致サン。臣等愛国ノ情自ラ已ム能ハズ、乃チ之ヲ振救スルノ道ヲ講求スルニ、唯天下ノ公議ヲ張ルニ在ル而已。天下ノ公議ヲ張ルハ民撰議院ヲ立ルニ在ル而已。則有司ノ権限ル所アツテ、而上下其安全幸福ヲ受ル者アラン。請、遂ニ之ヲ陳ゼン。

つまり自由民権運動とは尊皇愛国の表現であって、薩長ら有司に限定せず、自分達にも政治をやらせろという宣言なのである。

平田篤胤神学と農業、日本文化

インターナショナル、グローバルなものにろくなものはない。故郷を失い、断片化したものからは真に深いものは生まれてこない。「技術革新」と「効率化」は文化や人間性を緩やかに破壊する。そして一度破壊されてしまえばそれはなかなか元に戻らない。

日本人としての中心を己に構築しなければ、異国の文明にたぶらかされることになる。中心さえ確立していれば異国の文明はむしろ自国文化を進歩させる糧にもなりうる。
平田篤胤がキリスト教からインスピレーションを得て自身の教学に活用していたことは有名である。それまでの国学と違い、死後の世界、そして人間存在を語ることを目指していた篤胤の国学にとってキリスト教の存在は大いに刺激になったのであろう。
篤胤は日本神話に「青人草」を見いだした。人民もまた神々から生まれたものだという。この篤胤神学は決してご都合主義的に人民を見だし語ったのではないことは、篤胤門下から生田万、佐藤信淵、宮負定雄ら民政を重んじた人々が続出したことからも伺える。篤胤は生田万の過激に走る性質をいさめつつも、いざ生田万が決起を起こすとその志に共感し、生田万を崇高だと称えている。
篤胤は宣長の死後の門人と称したが、宣長以前の国学とは一線を画しているようにわたしには思える。宣長以前の国学は幕府関係者などにパトロンを抱えたエスタブリッシュのための学問だ。篤胤は国学よりも前に八歳から崎門学を学んだ人物で、篤胤の国学を支えたのは地方の神主であった。国学は篤胤を経てはじめて土の匂いのする学問となった。
日本は泥の文化の国である。豊葦原瑞穂国という名前からもわかるとおり、葦や稲が茂る国であった。高地など稲作にむかない土地では、同じイネ科の粟などを育てた。社倉義倉で米や粟を備蓄したのは、もちろん災害に備えた非常食といった実用面もあるが、それだけでなくさまざまな土地の神々の恵みをお供えし、人々に放出するという文化共同性の証でもあった。
欧米には雑草という概念が薄い。日本の高温多湿な風土は、雑草生い茂る風土でもある。そういう意味では雑草は農業の足枷でしかないはずだが、日本では「雑草文化」「雑草魂」などと良い意味で使われる。篤胤神学の青人草概念と対比しても興味深い。日本では、神も人も自然の一員なのである。それは日本人が長年の歴史のなかで培った文化であるが、自覚的に論じたのは篤胤神学が最初であろう。
近代文明は土をコンクリートやアスファルトで覆い隠し、日本人が培った文化に基づく生活を贅沢なものに変えてしまった。わたし自身近代的生活にすっかり染まってしまっているが、もはやよほどの金持ちでもなければ古き良き伝統に基づく生活を送ることはできまい。それこそが近代の問題点である。
大嘗宮が金銭的問題から茅葺きではなく板葺きになってしまったが、われわれが古来の生活を捨ててしまっているからこそ、茅葺き職人が少なくなり、高くつくようになってしまった側面を忘れてはならない。
日本文化は、あるいは皇室も神道も五穀を抜きにして語ることはできない。農業を大規模化、効率化することしか考えていない現代農業政策で果たして日本文化は維持できるのか。われわれに問われているのはこうした問題なのである。

年功序列について

経団連もトヨタも「年功序列の維持は不可能」だというようになってきている。
だが、欧米でも年功序列終身雇用というほどかっちりした仕組みはなくとも、高年齢者の雇用はある程度保護され、首になりにくい状況となっている。
国民の大半は凡庸で、そもそも仕事なんか生活に支障がない範囲でしかやりたくないと思っているものだ。スキルアップの意欲に溢れ、より利益をあげるために寸暇を惜しんで働く人などごく一部である。それを失業と賃下げの恐怖で無理やり働かせてきたのが、資本主義の偽らざる姿である。もちろんこれは年功序列だろうがそうでなかろうが大同小異だ。しかしそのなかでもとりあえず凡庸な人間でもそれなりにやっていれば家族を養えるだけの収入を得ることができる雇用を確保することは重要だ。
ようするに民政とは、こういう凡庸な人間でもいかにその能力を発揮してもらえるだけの環境を整えるかだ。それは稼いでもらいGDPを増やしてもらうというだけでなく、子供を育ててもらうことなどあらゆることを含めた総合的見地から考えられなくてはならない。

それを資本の論理に委ねればすべてうまくいくなどと考えるのは妄想である。なぜなら資本の論理では家事や子育て等直接カネを稼ぐ行為ではないことが軽んじられるからだ。
資本の論理に委ねた社会とは、1%が残り99%の富を独占する奴隷社会である。それでもよいなどと考える下劣な輩とは根本的に相容れないのだ。
解雇規制があるから経営を圧迫するのだとか(本稿とは関係ないが)法人税が高すぎるとか、そんな寝言に耳を貸す必要はない。そんなのはサラリーマン経営者を甘やかしているだけだ。社会的責任を放棄した企業に未来はない。

土民思想とはなにか

石川三四郎『農本主義と土民思想』には次のような一節がある。

土民は土の子だ。併しそれは必ずしも農民ではない。鍛冶屋も土民なら、大工も左官も土民だ。地球を耕し――単に農に非ず――天地の大芸術に参加する労働者はみな土民だ。土民とは土着の民衆といふことだ。鍬を持つ農民でも、政治的野心を持つたり、他人を利用して自己の利慾や虚栄心を満足するものは土民ではない。土民の最大の理想は所謂立身出世的成功ではなくて、自分と同胞との自由である。平等の自由である。

石川三四郎は農本主義と土民思想を対比的に捉えている。それ自体は石川の思想を考える上では重要なのだろうが、ここでは措く。
農本主義は農家の圧力団体的思想ではなく、むしろ農を中心とした自然と共生する生活を通して、競争と利欲にまみれた世界からの脱却を目指したものだ。その意味では確かに「農本主義」というより「土民思想」というほうが分かりやすい。
さらに、風土論も加えられたらいうことない。国固有の風土、文化、土着に基づく思想こそ必要だ。

台風19号とダム建設

台風19号による各地の爪痕が徐々に明らかになってきた。

ネット世論では八ッ場ダムを建設したことで被害が少なく済んだ、この建設を止めさせようとした民主党政権はダメだったんだという、相変わらずの民主党悪口がはびこっている。別に民主党なぞ庇う筋合いはないのだが、このようなあからさまな政権擁護のことばがはびこっているさまをみると、ちょっと反発したくなる心理も芽生えてくる。
そもそもダムは河川の氾濫に対してどれほど効果があるのか、きちんと検証はされているのだろうか。人によっては「八ッ場ダムの貯水量など誤差の範囲」といった反論が出ている(https://www.news-postseven.com/archives/20191018_1470166.html?DETAIL)。
こうした意見の是非を検証する能力はわたしにはないが、例えば自民党政権が長年に亘って行ってきた、林業農業の軽視の影響はなかったのか、河川をコンクリートで固める影響はどうかなど、総合的になされるべきであろう。
わたしは政府が積極的に財政支出を行うべきという意見である。しかしそれはダム建設のような旧来の自然や文化を破壊するものでよいのか、問われなくてはならない。

日米同盟の不都合な真実

在日米軍はソ連や中国から日本を守るためにいるのではない。有名な「ビンの蓋」論のとおり、日本を封じ込めるために存在しているのだ。米軍の矛先は常に日本を向いている。

米軍は日本がアメリカに都合のよい法律を作るための監視役なのである。
日本国憲法を守ろう、九条を守ろうなど正気の沙汰ではない。属国体制の維持でしかないからだ。
日米同盟を維持したままでの憲法改正など正気の沙汰ではない。ますますアメリカに都合のよい憲法に変えられるに決まっているではないか。
まず日米同盟を抜本的に見直すことだ。それを成し遂げて初めて日本が独立したと言える。

社会の解体と自治のあるべき姿

新自由主義は社会を解体する。マーガレット・サッチャーは「社会なんてものはない」と言い放った。もっともこの発言は当時のイギリスメディアによる単純化が産んだもので、サッチャーの発言そのものではないようだが、新自由主義が結果的に社会の解体に動いてきたことは確かだろう。

われわれの世代には、もはや高度経済成長期のような、経済発展に対する無邪気な期待を抱くことができない。
それはもう劇的な経済発展を達成することはできないという見立てもさることながら、経済発展の負の側面が明らかになってしまったということがある。
イースター島のモアイ像は、引き倒されていたものを観光用に並び替えたものだ。ハワイはマングローブが生い茂りマラリアが発生する土地柄だったものを、観光のために人工的に作り替えた場所だ。フラダンスは現地の躍りを参考に欧米人が考えたものだ。商売は景観や文化さえも偽造する。
かつての村落共同体は精神的絆で固く結ばれていた。仕事はまさしく共同体に「仕える事」であり、共同体はお互いがお互いの面倒を見合い、助け合った。それが資本主義によってバラバラに解体されてしまったのだ。
それが、生きることにどこか本気になれない、ニヒリスティックな消極的自殺願望すら呼び起こす。システムが先行し、人間はそのシステムに従属する存在になったのだ。
「古き良き時代」は遠くに去り、友情よりも仕事の誇りよりも、カネがすべての価値を決める下品な時代が到来した。
元来生産すべきものがまずあって、そのために必要だということで資本が求められていた。だがもはや現代では主従は完全に逆転し、資本があって、この資本を増大するために何が必要かということで生産が後から見出されるようになった。だから資本の増大は相変わらず続いているが、それは生産者には降りて来なくなった。そして生産者の仕事は徹底的に分業され、いくら勤めてもニッチな技能は身に付いても、本当に経済的に自立する技能はまるで身に付かなくなっていった。マクドナルドのバイトを何年勤めても、パティを焼きパンに挟む技術は身に付くかもしれないが、ハンバーガーショップを営むノウハウは永遠に身に付かないのである。
「共同体を作り直す」。このことを目的に見据えなければ、社会はどこまでも解体されていくのではないか。自分の一身を超えた大いなるものへの参与なくして、現代人の持つ虚しさは解決し得ない。「ご先祖様」とは「わたしのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんの…」ということではない。ご先祖様とは共同体の先人なのだ。血縁はこの際問題ではないのである。ご先祖様、つまり死者と生者が共同して自治し、そこに地域の自然が織り成す恵みがある。これこそが真の共同体だ。
こうした自治が確立し、その自治体の延長に国がある。それこそがあるべき姿なのだ。そうしたナショナリズムを、近代社会は解体し、政府と国民ののっぺりとした均質な関係に変えていった。
われわれの魂はいつまで資本に翻弄されるのか。ニホンという市場だけが残り、日本国家は消え去るのか。反抗の声が必要だ。

伝統、共同体の力―資本主義は絶対の真理なのか

人は社会にさまざまな形でお世話になってようやく生きている。それはまるで社会に応援されているかのようだ。

現代は個人主義がはびこり、「個の力」が重んじられる時代だ。それは悪いことばかりではない。コネだけでよろしくやることは通用しなくなるし、虎の威を借る狐のような疎ましい連中も減る。「何となく気に入らないから」と悪口を言われ潰されることもない。お偉いさんの私的都合に振り回されることも減った。
しかしそれでも、社会なくして個人などないのである。そんな時代だからこそ、「誰かのために自分の役割をまっとうする」生き方は、貴重なものとなる。
現代でもっとも「誰かのために自分の役割をまっとうする」生き方をされている方こそ、ご皇室の方々である。私を慎んで役割をまっとうされる美しさは、総理大臣以下の臣下にはとうてい真似できないものがある。
皇室は国民の共同感情を背負っておられる。皇室を抜きにして日本の共同体を語ることはできない。国民は天皇の赤子なのである。
国民個人の上に家族があって、地域共同体があって、国家がある。そうして同心円状に共同体は広がっている。そしてその同心円状の共同体を貫く芯のようなものが、伝統や文化、信仰といった聖なるものである。この芯を失ったら、すべてがバラバラになってしまう。
こうした伝統は利己主義を抑えるものであったが、高度経済成長の「成功」とともに影響力が薄くなり、代わりに利己心を充足する市場の力が強くなってきた。企業風土は家族的とはとても言えないものになり、従業員は交換可能な部品となっていった。
こうした伝統的人付き合いが減ったのは市場社会のひとつの目標であった。商品経済は人付き合いをサービスや商品に置き換えていった。一旦サービスや商品に置き換えられてしまえば、次第に効率化が進み、テクノロジーによって担われるようになる。そうなると、企業はテクノロジーに投資し、労働力(人間)に投資しなくなる。そうして給料は上がらなくなってくる。政府の財政出動的施策は対処療法として有効だが、わたしは本質的解決には繋がらないとみている。
やはり資本主義の常識から離れて、伝統や共同体の力を今一度見直すことが必要なのではないだろうか。

いかに歴史を描くか

実証史学の不毛について再三書いてきた。

実証史学は「実証」の名のもとに歴史の表層を撫でて重箱の隅をつつくばかりで、歴史上の人物の深層についぞ到達しない。いや、到達することを拒絶するところすらある。
たしかに歴史史料に描かれることは過去の結果に他ならない。そこに込めた理想など後生の人間の勝手な推測だと言えないこともない。
しかしだとしたらわれわれはなぜ歴史を学び、いかに歴史に対するのであろうか。
あるいは現代を論じている場合でも同じである。
時事論、情勢論が持つ非人間性を見ないわけにはいかない。それは人間の理想を差し置いて現実の力関係で決まる世界だからだ。歴史は、そうした力の顛末をたどるだけとも言える。
そこにはグロテスクな世界だけが広がっている。
人間はそうしたグロテスクな力関係だけに甘んじる生き物ではない。
泥土にまみれても、なお美しい理想の花を咲かすのもまた、人間の実像ではないだろうか。そこを見ずに、人間を描いていると言えるのか。
おのれ自身どのような人でありたいかという希求なくして歴史に向かうのは、蔑むべき態度である。
歴史は一面で力関係の所産であるが、一面で魂のうめきとでも言おうか、ある人間が抱いた情念の軌跡である。
情念の史的所産を仰ぎ見ることもまた、必要な行為ではないだろうか。

人はひとり、心のままに

人はひとりで生き、ひとりで死んでいく。

人は本質的に孤立している。
人の心は、誰にも理解されない。
時に伝わったような気にもなるけれど、それは気がするだけ。それ以上の確信など得られるはずもない。それは親兄弟や師弟、親友、夫婦恋人ですら変わることはない。
本人ですら、自分の心を理解できないでいることは珍しくない。
だからこそ人は理解を求め、愛情に飢え、共感を欲しながら、孤立のまま死んでいく。
では不確かな理解や愛情、共感を欲するのは愚かなことだろうか?
理解を望まぬ人生は、気楽かもしれないが、気楽なだけだ。冷たい傍観者の人生だ。苦境に陥っている人がそばにいたとして、それを救いたいと思う心、冷たい傍観者でいられない心もまた、自分の心なのだ。
利害関係だけで人は動くわけではない。
人は最後は己の心に殉ずるよりないのだ。生き様は、誰に支配されるわけでもなく、ただ自分すらわからぬ己の心の声に導かれていく。
時に冷たく、時に温かい自分の心のままに…。