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小野耕資著『大和魂の精神史』

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小野耕資著『大和魂の精神史』(望楠書房)

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小野耕資著『大和魂の精神史』(望楠書房)

かつて日本人は清らかで美しかった。
かつて日本人は親切でこころ豊かだった。
日本人は美しい国土のもと、土着文化と共同体の中で暮らしを営んできた。美しい風土、美しい人情、美しい人々、それこそが日本のあるべき姿であった。
それがいまや、経済発展の美名のもと、国土は荒れ、人々はバラバラにされ、山河は失われている。それは、日本が失われているということだ。
いったいどうしてこんなことになってしまったのか。戦後のGHQによる日本弱体化政策の影響はあるだろう。だが、それだけではない。日本人自身が西洋化、近代化する過程の中でそうした誇りを見失っていった側面があったのだ。それは國體観の不在であり、国家観の不在である。経済力や軍事力といった国力にばかり目が向き、真に守るべき自然や文化、人々のつながりに目が向かなくなってしまった。いわば、国力重視の「政府主義」はあっても國體中心の「大和魂」がなかったのである。いままで両者は混然一体のものとして捉えられてきたが、分けて考えられるべきではないだろうか。
戦前戦後、大和魂を胸に抱き、現代の惨状に警鐘を鳴らす論考はさまざまな人物によって唱えられてきた。本書は、それらを参照しつつ、現代に求められる大和魂について論じていくものである。

《目次》

はじめに
1 地理と日本精神 ―経済成長、国益、ナショナリズムに回収されない日本精神―
2 国粋主義の精神 ―「数値化できない国益」を追求する日本精神―
3 陸羯南の国家的社会主義
4 明治における忠臣蔵 ―福本日南と浅野長勲が掘り起こした忠臣義士の物語―
5 岡倉天心と霊性
6 儒学と日本精神
コラム 書評『歴史にとって美とは何か 宿命に殉じた者たち』(井尻千男)
7 澁川春海の尊皇思想
8 東洋の経済と西洋のエコノミー ―田崎仁義の皇道経済論―
9 アジア主義とは何か
10 橘孝三郎と柳宗悦 ―霊性と日本精神―
11 伊藤野枝と権藤誠子
12 渥美勝の「神政維新」論
13 蓑田胸喜の政治思想 ―国家は改造できない―
14 保田與重郎の『絶対平和論』を読む
コラム 書評『天皇とプロレタリア』(里見岸雄)
15 「神の目線」に立つな ―中島岳志『保守と大東亜戦争』批判―
16 官治・都市・成長の欺瞞と山河・民族・ふるさとの復活
17 皇室中心の政治論
18 伝統と信仰
19 平泉澄の歴史観
20 本土決戦と自主防衛 ―日本の針路を問う前に―
あとがき

小野耕資著『大和魂の精神史』 に対するレビュー1件

  1. 草莽

     戦後保守論壇の堕落が指摘されるようになって久しい。いまや、対米追従外交を肯定し、新自由主義経済を是認するような「保守派」言論人も少なくない。
     保守派言論の退廃の根本的な原因は、國體観と国家観の喪失にあるのではなかろうか。本書はそれを考える上で重要なヒントを与えてくれる。著者は次のように本書を書き起こしている。
     〈日本人は美しい国土のもと、土着文化と共同体の中で暮らしを営んできた。美しい風土、美しい人情、美しい人々、それこそが日本のあるべき姿であった。
     それがいまや、経済発展の美名のもと、国土は荒れ、人々はバラバラにされ、山河は失われている。それは、日本が失われているということだ。
     いったいどうしてこんなことになってしまったのか。戦後のGHQによる日本弱体化政策の影響はあるだろう。だが、それだけではない。日本人自身が西洋化、近代化する過程の中でそうした誇りを見失っていった側面があったのだ。それは國體観の不在であり、国家観の不在である。経済力や軍事力といった国力にばかり目が向き、真に守るべき自然や文化、人々のつながりに目が向かなくなってしまった。いわば、国力重視の「政府主義」はあっても國體中心の「大和魂」がなかったのである。いままで両者は混然一体のものとして捉えられてきたが、分けて考えられるべきではないだろうか〉(二頁)
     明治期の文明開化路線もまた、國體か国益かというジレンマを抱えながら進行した。ただ、そこで言われてきた「国益」は、国益のごく一部、ほんの一面に過ぎなかったのではないか。その点を著者は鋭く指摘する。
     〈国益とは二種類ある。「数値化できる国益」と「数値化できない国益」である。政治家や官僚が行っている「国益」の追求とはGDPや経済成長率など「数値化できる国益」の追求ではないだろうか。「数値化できない国益」とは、国の活力、文化的同質性、歴史的連続性、伝統、故郷、家族や地域共同体などである。「数値化できる国益」の「益」は「利益」を指すのに対して、「数値化できない国益」は資源、豊かさを指す。「数値化できない国益」を、明治の人は「国粋」と呼んだ。国粋を軽視した国益の追求は、必ず国をおかしな方向に導いてしまう〉(三十頁)
     一時的にGDPが拡大したところで、一度破壊された伝統、故郷、家族や地域共同体といったものは、容易には取り戻せない。それは、国家、社会にとって計り知れないほど大きな損失なのではないか。
     文明開化の荒波に翻弄された明治の先人たちと同様、我々は今、グローバリズムの荒波に翻弄されている。
     「われわれの生活は土着から切り離され、グローバリズムが常態化した中にある。それは、市場が国境を自在に超えるということだけではなく、市場が各地方の共同体を横断し、違いを少なくしていく流れの中にあるということだ。その結果、利便性は確かに向上したが、その対価としてわれわれは根なし草となり、どこまで行っても政府と市場ばかりで、自然と伝統に基づく日本精神が見いだせなくなってしまったのである」(二十頁)
     かつて、明治の先人たちは「国粋」を掲げ、「数値化できる国益論」に流されまいと抗った。今こそ、こうした先人の言論に立ち返り、自然と伝統に基づいた日本精神を守らなければならない。
     著者は、日本精神、大和魂を求めて、志賀重昂、三宅雪嶺、陸羯南、福本日南、岡倉天心、澁川春海、橘孝三郎、保田與重郎らの議論を丹念に追っている。扱いづらい思想家とされる蓑田胸喜についても論じている。
     本書が、日本人が大和魂を取り戻し、國體観なき保守言論と決別するきっかけになることを期待したい。

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