【対談】EV化で自動車産業の覇権が中国に 脱炭素化の背後に巨大なESG利権(加藤康子×稲村公望)(『維新と興亜』第11号)


 『維新と興亜』第11号(令和4年2月28日発売)に掲載した「対談 EV化で自動車産業の覇権が中国に 脱炭素化の背後に巨大なESG利権(加藤康子×稲村公望)」の一部を紹介します。

『維新と興亜』第11号

日本の自動車産業の衰退を招くEV化
稲村 加藤さんは、脱炭素政策が日本の自動車産業に大きな打撃を与えることになると警告しています。
加藤 製造業は、日本のGDPの20%以上を占めています。日本の屋台骨を支えている製造業が弱くなれば国力は弱くなり、骨太になれば国は豊かになります。製造業を牽引している自動車産業は、日本経済の要だということです。
日本の輸出品のトップは自動車であり、全体の15・6%(2019年)を占めています。2位が半導体等電子部品、3位が自動車部品と続きます。自動車産業は国際競争力の高い唯一の産業であり、部品・素材、販売・整備、物流・交通、金融などわが国の戦略産業として経済社会に貢献しています。日本の自動車産業関連就業人口は550万人に上り、日本の就業人口の1割を占めています。
例えば、トヨタの工場がある大和町と観光都市である熱海市を比較してみると、大和町の人口は2万8788人、総生産は2815億円で、熱海市の人口は3万7576人、総生産は1427億円です。つまり、熱海の人口は大和町の1・3倍ですが、総生産は大和町の半分なのです。大和町の総生産の68・5%を占めているのが、製造業です。同様に、スバルの工場がある太田市と観光都市の那覇市を比較してみても、太田市の方が人口は10万人も少ないのですが、総生産はほぼ同じです。政府は「インバウンド」「観光」の重要性を強調していますが、実際には製造業が存在することによる地域経済に与えるインパクトが非常に大きいということです。
自動車産業、部品工場、それを支える素材工場が日本からなくなった後の日本経済は、見るに耐えない悲惨な状況に陥るでしょう。コロナで落ち込んだ日本経済が、コロナ後どのように回復するか、注目されていますが、自動車産業の国内生産の回復は経済に直結しています。日本の基幹産業であり、国力そのものです。
わが国のGDPは、すでに中国に抜かれて世界第3位となり、やがてインドにも抜かれると予想されています。このまま舵取りをあやまれば、日本は凋落の一途をたどり、インドネシア、ベトナム、韓国にも抜かれ、やがて世界7位、8位に転落してしまうのではないかと懸念されています。今こそ、政府が「国を富ませ、国民を豊かにする」という国家目標を前面に掲げなければならないのです。
ところが、昨今の政権では、「国を富ませ、国民を豊かにする」という国家目標より、選挙むけに耳障りのよい「脱炭素」や「分配」を掲げています。私はそれに強い危機感を覚えています。厳しい国際競争社会のなかで、私たちの国が未来に成長するためには、困難な問題を解決しなければなりません。私には、指導者たちが問題にがっつり向き合うよりも、国民を甘やかし、国富を切り崩す政策を選択しているように見えます。
菅前総理は2020年10月26日の所信表明演説で、国内の温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明しました。この所信表明演説には、グリーンやデジタル、そして農業や観光は出てきても、日本の屋台骨を支えている製造業が出てきませんでした。農業や観光とデジタルだけで国民を養っていけるのでしょうか?
しかも、菅政権で環境大臣を務めた小泉進次郎氏は、カーボンニュートラルの目標達成のために、日本の基幹産業である自動車産業を脱炭素政策の目玉にあげ、ガソリン車の国内新車販売を事実上禁止する議論を展開したのです。ガソリン車がEV車に置き換われば、エンジンとトランスミッションが、電池とモーターに変わります。EV車においては、リチウムイオン電池がコストの4割を占めています。日本国内でリチウムイオン電池を製造できればいいのですが、電池の原料となるレアアースは中国が握っています。つまり、EV車に変われば、その心臓部を中国に握られてしまうということです。
中国は「中国製造2025」を掲げ、自動車強国を目指してきましたが、なかなか達成できませんでした。エンジンを製造するには非常に高い技術力が求められるからです。
自動車のエンジンを設計できる技術者がいるのは、日本とアメリカとドイツだけです。特に日本は世界一のエンジン技術を持っています。EV車になれば、こうした世界に誇る技術を生かせなくなり、100年以上も努力して築いてきた自動車メーカーのノウハウが産業構造の転換で失われてしまう危険性があります。
また中国がどれほどがんばったところで、中国ブランドの自動車は世界の市場ではなかなか売れません。しかしEVでは電池産業で世界市場のシェアを握る事ができます。
つまり、中国はEV車の心臓部である電池を握ることによって、自動車産業の覇権を握ろうとしているのです。メード・イン・チャイナの自動車を世界のマーケットに輸出することはできなくても、その心臓部を握ることによって自動車産業をコントロールすることができます。EV化によって中国が自動車産業の支配者になれば、日本の自動車産業は衰退していきます。その結果、多くの雇用が失われ国の基幹産業を失うことになるでしょう。
脱炭素政策は、舵取りを誤ると、日本の自動車産業だけではなく日本経済を自らの手で潰すものです。企業がつぶれても政治家は責任をとることはできません。

日本の製造業を苦しめる電力コスト
稲村 こうした危機感から『EV(電気自動車)推進の罠 「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス)を上梓されたのですね。
加藤 そうです。私は大学時代から産業史や企業城下町の研究をし、ある産業に依存している地域が、その産業がなくなったときに、急速に疲弊していくのを目の当たりにしました。地域の営みがなくなれば、コミュニティは一瞬にして崩壊していきます。営みのないところに豊かな暮らしは生まれませんし、営みがなくなれば若年層も流出していきます。
特に製造業は、国家の繁栄にとって極めて重要です。大英帝国も製造拠点を失ったときに凋落していきました。日本から製造業がなくなることは、日本の経済基盤そのものを揺るがすことになります。
稲村 中国はヨーロッパの自動車産業とも連携しているように見えます。
加藤 すでにヨーロッパの自動車メーカーの生産の大部分が、中国に移っています。ボルボは中国の浙江吉利控股集団の傘下になっています。また、トヨタと世界のトップシェアを争ってきたVWは、トヨタを標的にしているとの指摘もあります。
稲村 特にメルケル政権時代のドイツは中国との関係を強化していました。ドイツ人には中国に対する幻想があるのかもしれません。
加藤 政府は2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減するという目標を掲げていますが、電力コストの上昇は国民生活を圧迫するだけではなく、日本企業の国際競争力を弱めることになります。
電力コストは、製品コストに直接跳ね返ります。日本の電力コストが上昇していけば、日本で製造してももうからなくなりますから、新しい設備投資をすることが難しくなり、製造業は海外に移らざるを得なくなります。その結果、多くの雇用が失われます。
現在でも日本の産業用電力は世界で一番高いのです。日本では、一つの自動車工場で毎月5億円の電力が、製鉄所では8億円の電力が使われています。日本の産業用電力は kWh(キロワットアワー)当たり18円で、ドイツの3倍です。中国、韓国も日本の半分以下の料金です。
中国では48基の原子力発電所が稼働しており、さらに45の新たな原発の建設を計画しています。また、中国は石炭火力発電所を次々に建設し、製造業のために安価な産業用電力確保に取り組んでいるのです。中国は世界のCO2排出量の3割を占めているにもかかわらず、製造業強化の手を緩めることはありません。
ドイツもまた、国内産業の競争力を維持するために、戦略的に重要な鉄鋼などの電力多消費産業の電気料金を減免して、安価な電気料金を実現しています。日本も戦略的に重要な製造業に対してこうした減免措置を講ずるべきです。
問題は電気料金だけではありません。日本は土地、税金、社会保障費などすべてにおいて高く、さらに日本には厳しい労働規制、環境規制があります。

小泉環境大臣の脱炭素化は水野弘道氏の入れ知恵?
稲村 脱炭素政策は、日本の製造業を破壊し、国を亡ぼす政策です。なぜ、このような愚かな政策が推進されるようになったのか。
脱炭素政策に舵を切った菅前総理や小泉進次郎氏の背後には、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資で利益を得る人々がいるとも囁かれています。例えば、2020年9月に1100円程度であった再生エネルギー企業レノバの株価は、今年1月上旬に4000円前後まで上昇しました。このESG投資の仕掛け人が、イーロン・マスク氏が率いるアメリカのEV大手テスラの社外取締役を務める水野弘道氏だと言われています。彼は、小泉氏に取り入り、脱炭素化や温室効果ガス削減目標の策定などを入れ知恵してきたとも報じられています。世界最大の資産運用会社ブラック・ロックのラリー・フィンクCEOを菅前総理に紹介したのも水野氏だと言われています。
イギリスの投資ファンド出身の水野氏は、安倍政権時代に年金マネーを運用する「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」の最高投資責任者に抜擢されています。
加藤 なるほど。そして、テスラの社外取締役に就任し、経済産業省の参与になり、国連の気候変動特使にもなった。その影響は霞が関でも永田町でも絶大で、政府は急進的な脱炭素政策に舵をきったというわけですね。水野さんは「現在トヨタの時価総額は20兆円に対しテスラは40兆円、日本の自動車メーカー9社の時価を合わせてもテスラに及ばない」など、EV化への期待が株価に表れていることを強調されたようです。
こうした発言に呼応するように、小泉さんは「今後世界中で投資が継続的に増える分野は脱炭素の市場以外にはないと思います」(『中央公論』2021年3月号)などと語っていました。
そして、安倍政権との差別化を図りたい菅前総理に対して、水野氏は「日本が中国より10年早い目標を立てるのはまったく不可能ではなく、しかも表明した瞬間に国連や国際社会で菅総理の名前が知られることになる」と口説き落としたとも言われています。
稲村 脱炭素政策は、脱炭素に関わる企業の株価を上げるためだけにしか見えません。ESG投資では投資家や上場企業が利益を得ているだけではなく、コンサルティング企業が深く関わっています。マッキンゼーなどのコンサルティング会社は、ESGコンサルティングで利益を上げています。
加藤 ESGのSはSocialのSで人権も含んでいます。しかし、重視されているのは環境だけで、金融機関は人権をまったく重視していない。結果的に中国による人権侵害を容認する結果を招きかねません。例えば、太陽光パネルに不可欠な材料であるポリシリコンの約5割が新疆ウイグル自治区で生産されており、その生産には強制労働が利用されている疑いがあります。これについて質問を受けた小泉さんは、「情報収集をしっかりやりたい」と語るのみでした。
また、メディアは脱炭素礼賛報道を繰り返すばかりで、SDGs、ESGが利権の温床になっていることを報じようとしません。それどころか、メディアもESG投資の利権に組み込まれているようにさえ見えます。実際、日経新聞は特にひどい。新聞紙面を見ても脱炭素、ESG、SDGsがいくつ出てくるか。報じることによって企業の株価に影響を与え、株価をあげる。そして、日経BPコンサルティングはそれに絡めて企業のブランディングのコンサルティングまでしています。

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