『維新と興亜』第11号(令和4年2月28日発売)に掲載した「環境原理主義が日本を亡ぼす 「気候産業複合体」の利権構造(有馬純)」の一部を紹介します。
「グレタさんには、毎日の水の確保にも苦労している人の実態を見てもらいたい」
── 毎朝テレビをつけると、「SDGs」を連呼しています。しかし、SDGsには貧困、飢餓、健康と福祉、教育など17の目標があるにもかかわらず、取り上げられるテーマは気候変動ばかりです。
有馬 国連が世界50万人以上の人を対象に「17の目標のうち、自分にとって重要なものを5つまで挙げてください」というアンケート調査を行いました。結果は、世界全体で見ると、第1位が教育、第2位が保健・福祉、第3位が雇用で、気候変動は第9位でした。国別に見ると、スウェーデンでは気候変動が第1位でしたが、中国では第15位でした。
国際社会が抱えている課題は多種多様であり、温暖化問題はその一つに過ぎないということです。実際、温暖化で死んでいる人よりも、貧困や飢餓で死んでいる人の方がよほど多いのです。貧しい国であるほど、温暖化問題より貧困や飢餓の問題を優先するのが常識です。環境活動家グレタ・トゥーンベリさんに象徴されるように、「温暖化防止が全てに優先される課題である」という議論は、そうした常識から乖離しているように思います。
「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、グレタさんの出身国であるスウェーデンをはじめ、欧州は一人当たりの所得が高い成熟社会であり、経済成長よりも環境価値に関心が高いのは当然です。
2019年9月の国連気候行動サミットで、グレタさんは「あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね」と語りましたが、私は豊かな国で生まれ育った人の傲慢だと感じました。グレタさんの発言を、日々の生活に苦しむ途上国の人たちが聞いたら、どう感じるでしょうか。実際、2020年のCOP25(気候変動枠組条約第25回締結国会議)に参加していたインド産業連盟の関係者は、「グレタさんには、毎日の水の確保にも苦労している人の実態を見てもらいたい」と言っていました。プーチン大統領がグレタさんについて「世界の複雑さや多様性がわかっていない」と述べたのも当然です。
各国の状況によって優先すべき課題が異なるという現実を見ないで、温暖化問題が最大の課題だという前提で議論したとしても、途上国には受け入れられません。「先進国だけで勝手にやってください」ということになりかねません。しかし、温室効果ガス増加の最大要因は、途上国のエネルギー需要によって生じる排出増であり、どんなに先進国が頑張っても、途上国の協力なしでは解決できません。
もちろん途上国でも、温暖化が原因で干ばつが起きたり、台風が激甚化したりするなどの異常気象によって被害を受けることがあります。途上国が温暖化問題を重視していないということではありません。しかし、それ以上に優先すべき課題があるということです。
私は、COPにも16回参加し、温暖化問題に取り組まなければならないと考えていますが、グレタさんのような環境原理主義によって、かえって課題の追求自体が腰折れしてしまうことを懸念しているのです。
道徳的高みに立って説教するヨーロッパ
── ヨーロッパで環境原理主義が台頭したのはなぜですか。
有馬 環境問題に特化した緑の党などの政治的影響力が強いのは、ヨーロッパ特有の現象です。アメリカは先住民を征服し、自然を切り開いて国を形成してきましたが、ヨーロッパは伝統的に自然との共生といった価値を重視します。ドイツ人のエコロジー志向は、18世紀のロマン主義にさかのぼるとも指摘されています。
ヨーロッパの環境運動は、キリスト教一神教文化の影響を受けているようにも思います。ヨーロッパの環境関係者の発言を聞いていると、「自分たちこそが地球環境のことを真剣に考えており、世界に範を示すとともに、他国を導かねばならない」という唯我独尊性を感じることがあります。ヨーロッパが道徳的高みに立ち、意識の低い国々を指導するという布教的な意識です。彼らは、意見の異なる人を「温暖化懐疑論者・否定論者」として糾弾します。かつて十字軍を派遣して異教を征服した宗教的熱意を彷彿とさせます。
ソ連が崩壊した1990年以降、マルクス主義の退潮と軌を一にして地球温暖化を中心とした環境原理主義が台頭しました。マルクス主義思想を信奉していた人たちの多くが、冷戦終結後に大挙して環境の世界に入ってきたからです。温室効果ガス削減のために、排出枠を割り当てるという発想も計画経済的です。もともと緑の党の創設メンバーには、ヘルベルト・マルクーゼらの新左翼の影響を受けた人たちが入っていました。緑の党のDNAには、反核、反原発があるのです。「環境活動家はスイカである」という「なぞかけ」があります。その心は「外側は緑だが、中は赤い」です。
「気候産業複合体」の利権構造
── ESG投資をめぐる環境利権が拡大し、それが各国の政策に影響を与えているとも指摘されています。
有馬 確かに、環境原理主義はいまや単なるイデオロギーではなく、巨大な利益共同体を形成しています。英国のジャーナリスト、ルパート・ダーウォール氏は『緑の専制』の中で、それを「気候産業複合体」と名付けています。
この気候産業複合体はいまや原子力ムラ以上に強固な利益共同体になっているのです。政治家、官僚、学者、環境活動家、再生エネルギー産業、ロビイスト、メディア、金融界がネットワークを組んで、各国政府の政策に影響を及ぼしています。その尖兵となっているのが、グリーンピースなどの環境NGOです。
彼らは、地球温暖化のリスクを煽り、温暖化対策のコストを過小評価しています。学界がそうした主張の論文を量産する中で、気候変動政府間パネル(IPCC)の報告書などにも、彼らの主張が引用されるようになり、偏った方向に進んでいくのです。
環境NGOなどに資金提供しているのは、再生可能エネルギーで利益を得るセクターばかりではありません。アメリカ西海岸のIT長者やヘッジファンドたちも資金提供しています。本来中立的であるべきメディアも、温暖化の恐怖を煽るようなセンセーショナルな報道をすることによって、視聴者や購読者を増やそうとします。
── 芸能人やセレブもSDGsの合唱に加わっています。
有馬 「地球温暖化防止」は「動物愛護」と同じように、スローガンとして非の打ちどころがありません。温暖化対策によってエネルギーコストが上がったところで、セレブたちは困りません。しかし、世界には電気料金が上がって困る人たちが大勢います。
福島原発事故の後、原発停止による電気料金上昇の懸念に対して、坂本龍一氏は「たかが電気のために」と言い放ちましたが、思い上がった発言と批判されても仕方がありません。
しかも、富裕層にとっては、環境問題への資金提供が自分たちの富への攻撃を避ける免罪符となっているのです。例えば、グレタさんが、すべての化石燃料関連投資の差し止めを求める公開書簡を発出したとき、賛同者として、レオナルド・ディカプリオ氏やラッセル・クロウ氏などが名を連ねていました。
ただ、現在環境原理主義が台頭し、気候産業複合体が強固になっていますが、これが長続きするとは限りません。2021年には、気候変動について野心的な目標が語られ、「気候変動に取り組まなければいけない」という空気が支配し、一種の「環境バブル」といった様相を呈していますが、それが幻想だとわかれば、あっと言う間にそれははじけるでしょう。
金融機関や投資家たちは、いまはESG投資に莫大な投資資金をつぎ込んでいますが、彼らは足の速い人達です。流れが変われば一気にESG投資から手を引いてしまうかもしれません。