大アジア主義と政教一致


 私事ながら16日から体調を崩していた。動いたり走ったりする体力はないものの、病気に対する抵抗力は強いつもりでいたが、今回は長引いてしまった。
 自ら言うのもおこがましいが、病床にあっても食欲は衰えたが読書欲は衰えなかったところは良かった。時間もあったので、特に読み込むことができたのは田中逸平『白雲遊記』(論創社)と田中逸平研究会編『近代日本のイスラーム認識』(自由社)である。

 田中逸平は明治15年生まれで日本人イスラム教徒の草分け的存在である。田中が『白雲遊記』を著すのと同時期には満川亀太郎が『奪はれたる亜細亜』を、大川周明が『復興亜細亜の諸問題』を上梓する時期に当たる。この三者に共通することは大アジア主義を主張しただけでない。それまでのアジア主義は日本支那印度の関係にとどまっていたが、彼らはそれに加えイスラム圏を「アジア」の問題として捉えたのである。

 田中は、アジアは古来聖人が命を受け、大道を明らかにし、広めてきた場所である。大アジア主義の「大」とは領土の大きさのことではない。道の尊大を以ていうのである。しかし西洋文明が押し寄せることで、智に偏し物欲が人を苦しませている。大道は廃れんとする中、大アジア主義を問うときが来たのであると説く。田中は大アジア主義をアジア諸国の政治的外交的軍事的連帯に求めない。はたまた白人に対する人種的闘争にも求めない。大道を求め、それぞれの文化で培った伝統的思想(「古道」)の覚醒に努めるべきだというのである。日本においては「神ながらの道」がそれにあたるという。田中はイスラムにもその「古道」が流れているのを感じ取ったのである。

 伝統的信仰を取り戻し、侵略者を追い払うことを通じて、立国の精神を共有することが大アジア主義の志であった。それは必然的に政教一致の政体を模索することにつながるであろう。

 そもそも政教分離とは政治と結びついていた教会に反発したプロテスタントが聖と俗を分離し、あるいは市民革命以降の近代西欧国家で既存の境界と結びついた権力を打倒することで確立していったものだ(もちろん国によって複雑な歴史的経緯をたどっている)。政教分離が確立されたことに因り、政治は世俗化し、世界全土にその影響を及ぼすことができるようになった。もちろんカトリックももともと普遍(「カトリック」の語源)を謳う宗教であり、国籍にとらわれるものではないが(その意味ではイスラム教も仏教も儒教も普遍を謳う宗教だ)、世俗と宗教との関係が切れたことで世俗権力は自由に動き回ることができるようになった。もちろんプロテスタントも帝国主義政策に加担しているから完全に逃れたわけではない。

 いずれにしてもその頃より宗教の力は弱くなり、政治に限らず諸事世俗化が進むこととなった。世俗化した世の中は「欲」「利害関係」によって統合されるよりない。それを打破しようとしたのが大アジア主義である。政教分離と言っても政治とは「まつりごと」であり、宗教と切り離せることは絶対にない。

 おそらく大アジア主義は具体的には帝国主義への反発、現代においてはグローバリゼーションへの反発を意味しようが、それにとどまらぬ趣をも含んでいる。それは政教分離原則のもとあまりにも世俗化し過ぎた政治や経済の問題でもあるが、より根本的にはわれわれの生き様の問題である。気づけば世事に追われ、自らの一身より大いなるものに思いを馳せない生活が続いている。「俗中の俗」(村岡典嗣)は休みなくわれわれの日常をさいなむが、その中でも過去・現在・未来を貫く一本の流れに対する敬意と参与を志す、「俗中の真」を忘れずにいることは政局などよりもはるかに重要なことである。

「大アジア主義と政教一致」への2件のフィードバック

  1. 田中らはイスラム圏を「アジア」に加えていたようですけど、南米の国々などは「アジア」と捉えなかったのでしょうか?
    南米の地域にも白人が侵略してくる前の「古道」が息づいていると思うんですが、アジア主義者は南米には関心が無かったのですかね。

  2. Nさん
    コメントありがとうございます。
    満川や大川などはイスラム圏について触れたい勢いで北アフリカにも言及しています。
    しかし南米を「アジア」として論じたものは、わたしは見たことがありません。
    陸の論考の中に南米のインカ帝国等が侵略されたことを欧州の帝国主義の被害者として捉える議論はあったと思います(陸に限らずよく見られる論旨ではあります)。
    ハワイへの侵略などへの言及なども当時から注目されたことです(陸も書いています)が、「アジア」とまで明白には言っていなかったような気がします。
    整理すると、南米やハワイなども「欧米帝国主義の犠牲者」としての視点はありましたが、「アジア」という地理区分と結び付いた概念で語られてはいなかった(少なくとも見たことがない)ということです。

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