小野耕資「本書からいま日本人は何を学ぶべきか」(土生良樹著『日本人よ ありがとう 新装版』望楠書房)


 以下、土生良樹著『日本人よ ありがとう 新装版』(望楠書房)に掲載された小野耕資「本書からいま日本人は何を学ぶべきか」を紹介いたします。

土生良樹著『日本人よ ありがとう 新装版』(望楠書房)

日本人に自信を取り戻させてくれた本
 かつて 日本人は
 清らかで美しかった
 かつて 日本人は
 親切でこころ豊かだった
 アジアの国の誰にでも
 自分の国のように
 一生懸命つくしてくれた

 とても印象的なノンチック氏の詩から始まる本書は、多くの日本人の感動を呼び、自虐史観に陥った日本人の自信を取り戻す起死回生の一書であると考えられた。
 敗戦によりGHQに歴史を奪われ、「大東亜戦争」と呼ぶことさえ禁じられ、帝国主義、軍国主義的野心から日本が起こした戦争と見做され、その反省なしには日本人は国際社会には出られないものとされた。そんな占領史観を打ち砕く言葉が当のアジア人から発せられた! 本書は自虐と自信喪失に陥った日本人の誇りを取り戻す必読書であった。

 本書のこの詩は多くの本で自虐史観を覆すものとして紹介された。のちに「新しい歴史教科書をつくる会」に発展する、「自由主義史観研究会」が作成した「教科書が教えない歴史」に採用される。
 《戦後、上院議員となったノンチックは、マレーシアを訪れた日本の学校教師から「日本人はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べにきた」と聞いて驚きます。そしてこう答えました。
 「日本人はマレー人をひとりも殺していません。日本軍が殺したのは、戦闘で戦ったイギリス軍や、それに協力した中国系共産ゲリラだけです。そして、日本の将兵も血を流しました」
 なぜ日本人は、自分の父たちの正しい遺産を見ず、悪いことばかりしたような先入観を持つようになったのか、はがゆい思いでした。
 「すばらしかったかつての日本人」を今の日本人に知ってほしい。そう願って、彼は晩年まで、日本の心を語り続けたのでした。》
 このように日本の大東亜戦争によるアジア進出を正当化するものとして紹介されたのである。
 その後、この『教科書が教えない歴史』の記述を基に、前野徹『戦後・歴史の真実』でも同様の紹介がなされた。
 実際、本書自体にもそのような戦後の自虐史観を覆す意図を持った記述が随所にみられる。
 例えば「私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信とを与えてくれました。永い間眠っていた〝自分たちの祖国を自分たちの国にしよう〟というこころを目醒めさせてくれたのです」(17ページ)といった具合である。
 だが本書には、もう一つの重要なメッセージが込められている。

戦後日本人への批判
 少し変わった観点から本書を取り上げているのが、小林よしのり『戦争論2』である。
 小林は「わしは『反・左翼』『反・サヨク』『反・朝日新聞』の者たちも しょせんは戦後の色に染められてかつての日本人ではなくなっていると思っている とても戦前の人間たちにはかなわない それは特攻隊員の遺書の文字を見ただけでわかる 台湾やマレーシアやインドネシアや南洋諸島に伝わる日本人の逸話を聞けばわかる」といい、「現代に生きる日本人は相当に卑小である 何より自分を振り返ればわかる 臆病で見栄っぱりでかっこつけていて甘えていてわがままで助平で人を騙してばかりでけちで姑息でスケールが小さすぎる」と述べている。
 実際ノンチック氏の詩には次のような一節がある。

 自分のことや
 自分の会社の利益ばかり考えて
 こせこせと
 身勝手な行動ばかりしている
 ヒョロヒョロの日本人は
 これが本当の日本人なのだろうか
 
 また本文には以下のような一節がある。
 「ポケットとポケットの付きあいからは、将来のために何も遺りません。どうか日本とアジアの交流には、『心と心のふれあい』を根底(下じき)にして、日本とアジアの次の世代の青少年たちに、より良い遺産を遺すように、お互いに心がけようではありませんか」(317ページ)
 ノンチック氏が望んでいたのは、カネの付き合いではない、心と心の付きあいだったのである。
 ノンチック氏の詩は「自虐史観克服」の観点からわが国に広まり、そうした見方で読まれてきた。しかし、同時にこの詩はカネばかり考えている戦後日本人に対する痛烈な批判である。ノンチック氏の思いにこたえるには、自虐史観の克服にとどまらない重要な課題があるはずだ。
 戦後日本は、東南アジアを日本製品を売りつける市場としてみなし、また近年では低賃金労働者を「輸入」する場所としてとらえている。それは「心と心の付きあい」とは程遠い態度であろう。本書は、そうした日本人の東南アジア観への反省を迫る書としても読まれなければならないのだ。

心と心の付き合い
 本書で異彩を放っているのが、第三章の「南方特別留学生として日本へ」と第四章の「宮崎高等農林学校へ」である。ここでは日本に留学していた際のノンチック氏の生活が描かれている。
 ここでノンチック氏は日本に来て初めて風呂に入る。人前で裸になる習慣もなく、抵抗感もあったが、「郷に入っては郷に従え」の精神でこのカルチャー・ショックを乗り切る。
 その後ノンチック氏ら留学生は東京に移動。車窓から望む段々畑の風景から日本人の勤勉さを感じ取る。食文化の違いなどの課題もあったが、受け入れた日本側も、日本人でさえ食糧は配給状態の中、何とかノンチック氏らの食糧事情をよくすべく奔走。
 「私たちは、あの時の、先生たちのご苦労に対し、今でも感謝しております」(103ページ)
とノンチック氏は回想する。
 日本人女性と仲良くなるために日本語を必死でマスターしたり、恩師である田中軍医中将とのかかわり、田中の娘恒子との親しみなどが描かれる。そこでは日本とマラヤの歌声が流れ、笑い声が絶えない生活であったという。
 第四章で宮崎に移ってからもそれは同じで、寮の近くのオバチャンにもてなされた話や、宮崎中央郵便局の女性麗子との恋、麗子の家族との交流があった。
 いずれの時も、マレー人であるノンチック氏は、日本人と「心と心のつきあい」をしたのであって、決してビジネスライクな関わり合いではなかった。こうしたノンチック氏の体験は、後年の日本人との付き合い方の考えにも影響を与えているだろうし、「おおらかで まじめで 希望に満ちて明るかった」と詩に描いた日本人観に大きな影響を与えているだろう。だからこそ、後年アセアン創立にノンチック氏が携わった時、福田赳夫首相が行った演説、
 「心と心のふれあう相互信頼関係を打ちたて、われわれの関係の歴史に新たな一ページを開こうとするものです」(310ページ)
を「福田ドクトリン」として歓迎し、書き留めているのである。
 現代日本に留学しているアジアの留学生は、ノンチック氏のような日本人との心と心の付き合いができているのだろうか。マニュアル通りのバイトや授業に追われて、プライベートは同国人コミュニティの中にあり、真に日本人と腹を割った関係が築けているかは疑問だ。そしてそれは何も外国人にとどまった話ではなく、日本人同士でさえ、お隣がどんな人かもわからないような生活を送ることが当たり前の世の中となってしまったのである。
 ノンチック氏の逸話はこうした古き良き人間同士の交流のすばらしさをも教えるものとなっているのである。

思いやりを失った日本人
 「私は日本人の素晴らしさは〝思いやり〟が豊かな民族であると思っていました」(316ページ)
 「思っていました」と過去形で論じられてしまう現代日本人が情けない。日本人は、思いやりを捨て、カネやモノのあふれる生活を選んでしまったのである。それは、「古い上着よさようなら」とばかりに戦前を忘れ、戦後を寿いだ日本人の姿へのアンチテーゼでもある。
 アメリカに安全保障をゆだね、経済復興にうつつを抜かした戦後日本人にとっては、人に対する思いやりや正義を追求する心など一円の得にもならない存在でしかなかろう。
 偶然でしかないだろうが、戦後日本人が思いやってきたのは、「思いやり予算」として多額のカネを貢いできたアメリカに対してだけだ。思いやりは、弱者をいたわる心から、強者への媚び諂いにすり替えられてしまった。まさにノンチック氏が言うように、「どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ」という思いである。
 マレーシアは、大東亜戦争開戦直後、日本軍が最初に上陸し、アジアのヨーロッパ植民地支配を粉砕した土地である。マレーシアは、ポルトガル、オランダ、イギリスにより、三国四百三十年に亘り植民地支配を受け、民族固有の文化を満喫できずにいた。
 そのマレーシア出身のノンチック氏が日本に教えることは、まさに「自民族の文化を大切にする心」なのである。「カネやモノにあふれるばかりではなく、日本人が本来持っていた文化であるはずの思いやりの心を持て」というのがノンチック氏のメッセージなのである。
 こうしたノンチック氏の心を素直に受け取れば、目指すべき日本の将来像は明白だ。

新自由主義、グローバリズムの弊害を直視し、アジアに目を向けろ
 現代では新自由主義が跋扈し、生産性で人を図ることが常態化しつつある。それは必然的に文化の軽視を齎し、さらなる富を求めて、文化の垣根を破壊し市場の極大化を志向するグローバリズムともつながっていく。
 こうした新自由主義、グローバリズムが描く未来は、人間を図るものさしがすべてカネで決められ、文化は非関税障壁として破壊されるディストピアだ。それは日本人、日本社会にとって危機であるというのみにとどまらない。このような考えを放置すれば人類が今まで築いてきた文化的営為がすべて破壊される人類滅亡の危機までもはらんでいる。現在のような高度資本主義は、長く続けるわけにはいかないだろう。このまま行ったら、人類的自死が待っているように思えてならない。人類が持たないのか、あるいは地球が持たないのか、その帰結はまだ見えていないが、いずれにしても、資本主義の根幹である「自由競争」なるものは、結局勝者が勝ち続ける結果にしかならないし、ある一定の人々の犠牲なしには成り立たない排他的な仕組みである。そのことを忘れてはならない。
 反転攻勢に出なければならない。それには、アジア人が築いたアジア本来の文化に立ち返ることだ。人間が人間らしく、穏やかで健やかに生きていける生活。それぞれの国がそれぞれの文化を尊重し、各自の文化の古層に帰っていくことこそが目指すべき道だ。
 自虐史観か自慰史観か、ノンチック氏の魂をその問題だけに帰着させてはならない。人類文明史に残る大転換。その出発点は日本人が忘れたアジアの叡智にあるのだ。

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