書評 井尻千男『歴史にとって美とは何か 宿命に殉じた者たち』


月刊日本9月号に掲載された、井尻千男『歴史にとって美とは何か』の書評について、同誌の発売から日数が経過したこともあるので、本ブログに掲載する。

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本書は井尻の遺稿集である。単行本未収録の論文を集めたもので、本稿では主要論文である「醍醐帝とその時代」を紹介する。
井尻は、本論文執筆の動機を「戦後の日本人は、かつての日本人がシナ文化に憧憬したようにアメリカ文化に憧れて、いま失敗しつつある。その危機感を深めながら、現代と宇多・醍醐の時代を往還したい」と表明する。そのうえで宇多天皇、醍醐天皇の時代を「シナ文化への憧憬」から「天皇親政」「自国文化への確信」への大転換期と位置づけ、摂政・関白の廃止、遣唐使の廃止、古今和歌集の編纂をその時代精神の表れであるとみた。本論文は単に過去の歴史を描いたのではなく、過去を通して國體の大理想を強く訴えかけているのである。
当時の世界大国唐を相手に国交を断つことがどれほどの大事件だったか、現代のわれわれには想像を絶する出来事であろう。たしかに唐には衰亡の兆しがあった。しかしそれでも超大国と付き合いを断つことは、果断なる政治的決断を必要としたはずだ。それを主導したのが宇多天皇であり、菅原道真であった。遣唐使は、菅原道真が廃止を建議した時点で既に六十年も派発しておらず、自然消滅させることもできた。しかしあえて途絶を宣言したことは強い意志があったからに他ならない。菅原道真が廃止を建議する六十年前の遣唐使では、副使の小野篁が派遣命令を拒否し流罪になっている。唐の衰亡に促されただけではなく、遣唐使によってもたらされた唐の実態への失望が、唐文化との訣別と国風文化の発揚を決意させたのだ。
宇多天皇の後を継いだ醍醐天皇はわが国をいかなる国にしていくかという重大な使命を背負っていた。醍醐天皇が出した答えこそ、最初の勅撰和歌集である古今和歌集の編纂であった。当時は仮名文字が発明されて八十年ほどしか経っていない。漢字仮名交じり文が発明された創初期にあって、わが国の文学をわが国の言葉で残すことは万葉集や記紀の編纂にも匹敵する畏るべき大事業であった。唐の傘下から離脱したことで自国への意識が高まり、国風文化が興隆し、古今和歌集の編纂に繋がったのである。
醍醐天皇が行った偉大な事業はそれだけではない。宇多天皇と醍醐天皇の治世は後世天皇親政の模範とされた。それまでわが国の官僚制度は唐に倣って形作られていたが、遣唐使の廃止は、わが国固有の新しい政治体制を模索させた。菅原道真の登用からして、藤原氏等の名門貴族を避けた天皇親政の実践の一過程であった。それを引き継いだ醍醐天皇も摂政関白を置かない政治を実践した。さらに醍醐天皇は土地制度改革にも着手している。形骸化した土地制度を、土地を通じて天皇と国民が繋がる大化改新の理想に復元させたのである。
遣唐使廃止による日本の自立、摂政関白を置かない天皇親政、土地制度改革、そして国風文化の結晶たる古今和歌集。それらはすべて國體に基づく統治という大理想のもとで繋がっている。井尻は、当時國體に基づく統治が目指されたことを繰り返し語り、政治、外交の次元にとどまらず、文化、美意識に至るまでわが国独自の在り方が模索されていたことを強調する。それは軍事に依らない「たたかい」であった。元寇の際に亀山天皇が祈願したことで有名な「敵國降伏」の勅願は、その三百年以上前の醍醐天皇の時代に始まったものなのである。
実証史学では醍醐天皇の治世は後世理想化されたような政治ではなかったとみなしている。しかし、井尻はそうした実証史学の見解を「なにもかもが出世欲、権力闘争、閨閥同士の勢力争い……まことに唯物論的というか素朴実在論的というべきか、人間観としてはきわめて貧しいというほかない。戦後の国史が陥った惨状というものである」と一蹴している。先人の精神の働きは実証的なだけの歴史学では到底描き得ない。井尻は「日本人が肇国の太古から試みてきた国づくりの精神史をいまこそ再点検せねばならない」と述べ、先人が国づくりに懸けた精神を鮮やかに描き出した。その筆致は感動的であり、読む者を惹きつけてやまない。
本稿で紹介した「醍醐天皇とその時代」の初出は平成二十五年に「新日本学」に掲載されたものである。井尻はその翌年に入院し、平成二十七年に亡くなった。本論文は井尻の最期に遺した論文といってよい。本書を耽読することで國體に基づく統治という大理想を再確認してはいかがだろうか。

「書評 井尻千男『歴史にとって美とは何か 宿命に殉じた者たち』」への2件のフィードバック

  1. この記事とは関係ないが、貴兄の普段の(?)所論と係わることを伺いたいのですが、貴兄は反グローバリズムを唱えているようですが、例えばエマニュエル・トッドのような親日的なのアンチ・グローバリストにつてはどう考えているのでしょう。その見解を参照することはないのですか

  2. 通りすがり太郎様
    コメントありがとうございます。
    トッドは邦訳になったものを数冊目を通しているはずですが、ほぼ記憶にないので正の感情も負の感情もありません。
    外国の思想家が書き、それを訳した類の本はどれもあまり心に刺さりません。翻訳調の問題なのか自分の問題なのかはわかりませんが…。

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