陸羯南論―「自由」と「国際」に潜む絶望― 下(終)


第二部 陸羯南にとっての「国際」

 人はその国、その土地に根付かなければ決して信用を得られない。「親米保守」は冷戦の崩壊とともにその存在意義を失った。今後求められるのは佐藤優が言うところの「親日保守」であり、それは自国の伝統や文化を重んじ、自国の国益を主張するというごく当たり前の態度である。なぜそれが当たり前の態度か。国際社会は力により物事が決定していくからである。武力や経済力、国際社会での発言力が物事を左右するのは、帝国主義時代も今も全く変わるものではない。力こそが国際社会の標語である。

 国際化するとは、決して自国をグローバルスタンダードに合わせるということではない。国際化とは自国の概念を他国に広げることを指す。国際化とは、何か普遍的なルールを共有するということではない。強国のルールを受け入れること、あるいは自国が強国となり、国際社会に自国のやり方を強制していく、そんな力と力のやり取りのことである(佐伯啓思『従属国家論』57~60頁)。このような正しい意味での「国際」関係を理解していた人物に陸羯南がいる。
 陸羯南は『国際論』で、日本の国家目的を欧米の侵略を止めさせることに置いた。陸の国際認識は『国際論』に言い尽くされている。陸は世界史を力による侵略、非侵略の歴史と見做し、侵略がどのようにして行われるかを詳細に論じた。それによれば、侵略は外交に対し憧れのような感情を持たせることから始まり、次に経済的に依存させ、最後には領土を奪うのだという。ただし近年の侵略は領土まで欲するものは少なくなっているといったことまで触れている。そのうえで日本がどう対抗するかといえば、まずは自国の使命を自覚することだという。日本の使命は「六合を兼ねて八紘を掩う」ことにあり、世界に公道をもたらし弱肉強食の国際関係を止めさせることにある、という。国際法は所詮欧米が決めた、欧米に有利なルールに他ならないが、先の日本の使命から国際法に東洋の立場も盛り込ませることが重要だといっている。
 ここでは国際関係を非常に現実的にとらえる陸の目が感じられる。国際社会を現実的な力関係で捉えるのはそう珍しい意見ではない。だがそうした論客はたいてい日本が生き残るためには、「強いものに付け」という態度に出ることが多いように思われる。しかし陸はそうではなかった。ここに陸の凄味があるように思われる。そしてだからこそ陸は欧米に与せず、アジアの側に立ったのであった。
 国際社会が力関係で動くということを認めるということは、必ずしも強国への従属につながるわけではない。強国への無思慮な追従こそ属国化を招くものだという言い分も充分成り立つからである。侵略は敵国からだけなされるのではない。同盟国が同盟をたてに侵略することなど日常茶飯事である。同盟とは作戦の共有であって、運命共同体ではないからだ。

 長谷川三千子の『正義の喪失』(PHP文庫)の中に「難病としての外国交際―『文明論之概略』考―」という論文がある。長谷川に限らず日本の多くの論客は福沢諭吉を引用し、考察したがる癖があり、私は内心それに辟易している。外国交際について語るのであればぜひ陸を基に論じるべきであったと惜しむ者であるが、それはこの論文の価値をいささかも減ずるものではない。

 長谷川は『文明論之概略』に「この上なく正確で鋭い状況の認識と、信じ難いほどの野放図な無頓着とが同居してゐる」(113頁)という。それは西欧的国家システムに否応なく入り込まざるを得なかったということを、いかに「自主的な加入に転化できるか」であるという(116頁)。外国交際は「商売と戦争の世の中」であり、それは西洋人が我利我利亡者であるからそうなったのではなく、近代国家的なシステムが人々をそのような方向に駆り立てるからである。それは土着的産業を近代産業に根こそぎ変革してしまわねば到底生き残れないような代物であり、しかもそれに適用するような人心の変革を必然的に求めるものであった(126頁)。そしてそのことに対して福沢は「無頓着」にも何の批判もなそうとしないのである。だから福沢は和魂洋才の説などには見向きもしない。そのような生易しい変革では到底生き残れないと考えていたという(131頁)。福沢は世界を文明、半開、野蛮の三層に見立て、上っ面の「西洋化」ではなく人心に至るまでの「文明化」を主張したのである。

 長谷川が福沢諭吉に感じた「この上なく正確で鋭い状況の認識と、信じ難いほどの野放図な無頓着」はむしろ陸羯南においてより深い分裂となって表れている。陸もまた日本が国際社会で生き残るために、西洋的国家システムへの参与を推進せざるを得なかった。しかし陸は福沢のように「人心に至るまで完全に文明化すればいいんだ」と開き直るわけにはいかなかった。陸は日本の国粋を顕彰する信念を持っていたからだ。陸は「国際論」の中である二つのキーワードを使うことでこの矛盾を全く解消させてしまっている。そしてそれは福沢の議論が持つある陥穽をも突く内容となっているのである。その二つのキーワードとは、「国民精神の競争」と「日本の使命」である。

 福沢は国際競争を軍事力と経済力の競争であり、それを支えるのが文明化であると主張していたが、陸は異なる。陸は国際競争とは軍事力や経済力の競争ではなく、国民精神の競争であると位置づけることでまず日本の独自性を維持したのである。そもそも陸が指摘しているように、国際競争がもし軍事力や経済力、文明化の競争であるならば、日本が一国を保つ意義が失われてしまうのである。福沢はそのことを「痩せ我慢」、「偏波心」としか位置づけられていない。そうではない。国際競争とは国民精神の競争なのであり、だからこそ日本人は「自国を守り抜くという国民精神」を強くもって国際競争に臨まなければならないのである。そうでない国は、欧米に飲み込まれて滅ぼされてしまう。
 福沢は世界を文明、半開、野蛮の三層に見立てているが、陸も世界を三層に見立てている。トリビュ、エター、ナシイヨンの三層であり、それを分ける境界は、(文明化ではなく)国民精神の強さなのだという。陸は西洋を国民精神の強い国であるとみなすことで日本の国民精神の発揚を称えた。ここに陸の屈折がある。

 陸は、人に使命があるように、国にも使命がある。自らの国に使命があることを知れば、皆で知恵を出し合い、生き残ることができると主張した。先ほども述べたように、日本の使命は「六合を兼ねて八紘を掩う」ことにあり、世界に公道をもたらし弱肉強食の国際関係を止めさせることにある、という。国際法は所詮欧米が決めた、欧米に有利なルールに他ならないが、先の日本の使命から国際法に東洋の立場も盛り込ませることが重要だと述べている。つまり日本の近代化=文明化は決して西洋に倣うために行うのではなく、西洋の弱肉強食策を改めさせるために行う日本の使命なのだ、と位置付けたのである。これは維新の際に言われた「大攘夷」の発想と言ってよかろう。
 この「大攘夷」は「自らが行っている文明化は決して西洋化ではなく、攘夷なのだ」と無頓着に目をつぶらなければ到底成し得るものではない。表面上はやはり西洋化に他ならないからだ。しかし「西洋化しなければ生き残れない」という絶望の中から生まれた精神とも言えよう。日本のルールを世界に認めさせるには、まず日本が西洋のルールに倣わなければならない。しかしそれは西洋のルールを改めさせることが日本の使命なのだ。そう見なすことで陸は日本が国際社会にこぎ出でることを正当化している。それは日本の先例を墨守しようという態度ではない。「和魂洋才」とも異なる。「西洋化しているにもかかわらず、西洋化を頑として認めない態度」に近い。

結論

 陸羯南は「西洋化しているにもかかわらず、西洋化を頑として認めない態度」によって国粋主義を主張した。それは西洋化しなければ生き残れなかった当時の日本の世相と、「日本固有の元気」を保持、顕彰していこうという国粋主義の理想がぶつかった挙句生まれてきた概念である。結果として陸は西洋に対抗すべき「日本」を見出すというよりは「祖国の興隆に役に立つならどんな思想だって唱える」と言う態度に出たのであった。それは西洋に対抗すべき「日本」が見出せなかった、あるいは否応なしに西洋化するしかなかったからである。陸をはじめとする国粋主義者の屈折は、明治日本の屈折でもある。

(了)

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