東京都議会が、石原慎太郎元知事を参考人招致するらしい。石原都政は豊洲市場の汚染問題など負の遺産もあるが、一方で尖閣諸島の購入計画や、横田ラプコンの一部返還など、賞賛に値する功績も忘れてはならない。功罪半ばするのは政治家の常であるが、彼にとって惜しむらくは、保守愛国をかたりながら、我が国の指導者にとって最も肝心である、尊皇心が欠如していたことであろう。残念ながら、石原慎太郎は、愛国の仮面を被った共和主義者である。それは、かつて三島由紀夫との対談における次の一節を読むだけでも瞭然である。どんな功績があっても尊皇心がなければ意味がない。まさに「画竜点睛を欠く」というやつである。
(石原)何を頑張るんですか?三種の神器ですか?
(三島)ええ、三種の神器です。僕は天皇というものをパーソナリティを作ってしまったのが、一番いけないと思うんです。戦後の人間天皇制が一番いかんと思うのは、みなが天皇をパーソナルな存在にしてしまった。
(石原)そうです。昔みたいにちっとも神秘的ではないもの。
(三島)天皇というものはパーソナルじゃないんです。(中略)今週も美智子妃殿下がおこしになる。と、騒がれている。そのような、天皇制にしてしまった。パーソナルなものにするということで、天皇制に対する反逆ですよ。逆臣だと思う。
(石原)僕もまったくそう思う。
(三島)それで天皇制の本質が誤られてしまった。だから石原さんみたいな、たいへん無垢であるけれども、天皇制反対論者をつくちゃった。
(石原)僕は、反対じゃない。幻滅したの。
(三島)幻滅論者というのは、つまりパーソナルにしちゃったから幻滅したんですよ。
(石原)でも僕は天皇を最後に守るべきものと思ってないんでね。
(三島)思ってなきゃ、しょうがない。今に、目が覚めるだろう。
対談の全文は『江藤淳全集』で読める。