北朝鮮は核・ミサイルの開発を断行し、中国は海洋進出を推し進める一方で、アメリカは口では強気な事を言って両国を牽制するが、実際にはもはや東アジアの勢力均衡を維持する意思も能力もない。よっていまこそ我が国が、自立せねばならないが、こうした状況下でも自主独立の気運が盛り上がって来ないのは、我が国民に、国体の尊厳への自覚がないからである。すなわち、万世一系の天皇を主君に戴く我が国体は、主権在民の民主主義とは全く原理が異なる。この固有の国体への自覚がないから、いまだに「日米同盟」を信奉し、「民主的な価値を共有するアメリカに守ってもらえばいいじゃないか」となる。結果、在日米軍はいつまで経っても我が国から出て行かず、我が国は内政外交の両面で対米従属を深めているのである。しかし、上述の通り、我が国はアメリカと「民主的な価値」など共有していない、まったく異質の国家なのであるから、我々は、世界無比の国体の本義に立ち返り、真の自主独立を立ち取らねばならない。この国体の本義への回帰こそ「レストレーション」としての維新であり、我が国は神武建国以来、この維新を断行することによって幾多の国難を乗り越えて来た。それは、大化の改新然り、建武新政、そして明治維新然りである。では国体の本義への回帰とはどういうことか。それは、尊皇攘夷の旗幟を闡明し、「君臣」と「内外」の名分を正すことに他ならない。即ち、明治維新で言えば、六百年以上に亘る武家の専制を打破し、朝廷に政権を返上する大政奉還と王政復古を断行すると共に、富国強兵によって実力を蓄え、幕府が列強と結んだ安政の不平等条約の改正を国是として、独立国としての地位を確立することに他ならなかった。同様に、現在の我が国が国体の本義に立ち返り、真の独立を遂げる為には、まず国民主権の憲法を廃して、大政奉還、王政復古を断行して君臣の名分を正さねばならない。そして、内外の別を明らかにする為に、核武装を断行して国家の軍事的独立を確保し、昭和の不平等条約である、日米地位協定、日米安保を廃止して夷狄の軍隊である在日米軍を我が国の領土から駆逐せねばならない。
王政復古とは天皇親政のことである。天皇親政こそ我が国の本然たる姿である。世の通念では、天皇親政は「変態」であり、むしろ、現在に於けるような「大政委任」こそ「常態」だと思われているが、逆である。天皇親政こそ「常態」であるし、神武建国以来、我が国が「大政委任」の下で、内外の国難を乗り越えた試しはない。もっとも平時に於いては「大政委任」でも成り立つかもしれないが、少なくとも国家の非常時に於いては天皇親政でなければ立ち行かない。特に今後、我が国の自主独立の為に、核武装や日米安保の廃止などを断行する上で、この様な国家の根幹に関わる意思決定が国民主権や民主主義で出来る訳がない。大聖断を仰がずしてどうして前に進めようか。「陛下に責任を押し付けるのか、貴様不敬だ」と言う者もあるが、だったらこのまま民主主義で時間を空費し、座して死を待つのか、そっちの方が余程無責任であり皇祖皇宗に対し奉り不敬である。時局はそこまで逼迫しているのである。