我が国日本の対外的独立性を担保するのは確固たる軍事的基盤であり、その唯一の方策は自主核武装をおいて他にないが、そう主張すると直ぐに返ってくる反論は、我が国の核武装は国際的孤立化を招き、戦前の二の舞になるというものである。確かに戦前の我が国は、満州権益でアメリカと衝突し、石油を求めて南進した結果、アメリカに石油を止められた為に、乾坤一擲、大東亜戦争への突入を余儀なくされた。その意味で、我が国が核武装を志向すれば、アメリカは経済制裁と称して我が国へのウラン燃料の輸出を停止し原発の運転を不可能ならしめるだけでなく、サウジアラビアやUAEといった親米産油国に働きかけて、石油の対日輸出をも制限して政策変更を迫るであろう。
言うまでもなく、我が国は石油や天然ガス、石炭といったエネルギー資源のほぼ100パーセントを海外から輸入しており、その内石油については9割近くを中東に依存している。更に中東からの石油輸入の6割以上はサウジアラビアやUAEといった親米国に依存している。したがって、アメリカがこれらの国に日本への輸出制限を要請すれば応じかねず、その場合我が国は瞬時にして行き詰まることになる。こうした事態を回避する為には、平時から原発への依存を減らし、石油や天然ガス、石炭などのエネルギー資源の供給源を多角化してリスクを分散しておく必要があるのは言うまでもない。
そこで新たなエネルギー供給国として注目されるのがロシアであるが、周知の通り、我が国とロシアの間には北方領土問題が横たわり、平和条約締結の障碍となって来た。去年十二月のプーチン訪日では、北方領土問題の歴史的進展が期待されたが、結局何の成果もなく、かえって北方四島における「共同経済活動」という、我が国がロシアの実効支配を追認するかの様な屈辱的合意がなされてしまった。何故、北方領土問題は進展せず、平和条約は締結されないのか。プーチンは北方領土を返す気がないのか。その真意は分からないが、少なくとも返したくても返せない客観的要因が存する事は確かだ。それは、ロシアが我が国に北方領土を返還した場合、アメリカが北方領土に米軍基地を置く可能性を排除できないという問題である。
日米安保条約第六条は、在日米軍の「施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。」とあり、それを定めた日米地位協定第二条では、「個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。」、「日本国政府及び合衆国政府は、いずれか一方の要請があるときは、前記の取極を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。 」とあるが、この規定の解釈について、外務省が作成した機密文書『日米地位協定の考え方』は
「このことは、次の二つのことを意味している。第一に、米側は、わが国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められていることである。第二に、施設・区域の提供は、一件ごとにわが国の同意によることとされており、従って、わが国は施設・区域の提供に関する米側の個々の要求のすべてに応ずる義務を有してはいないことである。地位協定が個々の施設・区域の提供をわが国の個別の同意によらしめていることは、安保条約第六条の施設・区域の提供目的に合致した米側の提供要求をわが国が合理的な理由なしに拒否しうることを意味するものではない。特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢及び当該施設・区域の機能を綜合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行なうことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである。」とあり、日米安保の実際的運用面においては、在日米軍の展開に関する我が国の同意権を実質的に放棄することが記されているのである。
プーチン訪日に先立ち、谷内正太郎・国家安全保障局長は、モスクワ入りしてロシアのパトルシェフ安全保障会議書記と会談した。その際、パトルシェフ氏が日ソ共同宣言を履行して2島を引き渡した場合、「島に米軍基地は置かれるのか」と問いかけてきたのに対して、谷内氏は「可能性はある」と答えたという。これではロシアが懸念を持つのも仕方がない。プーチンは訪日直前のインタビューで「日本が(米国との)同盟で負う義務の枠内で、露日の合意がどれぐらい実現できるのか見極めなければならない。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。」と発言して我が国の主権の独立性に疑義を呈し、さらに首脳会談後の共同記者会見では、いわゆる「ダレスの恫喝」を引き合いに出し、「1956(昭和31)年に、ソ連と日本はこの問題の解決に向けて歩み寄っていき、「56年宣言」(日ソ共同宣言)を調印し、批准しました。 この歴史的事実は皆さん知っていることですが、このとき、この地域に関心を持つ米国の当時のダレス国務長官が日本を脅迫したわけです。もし日本が米国の利益を損なうようなことをすれば、沖縄は完全に米国の一部となるという趣旨のことを言ったわけです。」と述べ、日米安保に基づくアメリカの宗主的影響力が、日露平和条約交渉の障碍になっていることを明確に示唆しているのである。
我が国の世論は、親露派のトランプがアメリカの大統領になった事で、日露交渉の障碍がなくなったと淡い期待を抱く意見もあったが、問題の本質は誰が大統領になるかということではなく、日米安保・地位協定によって我が国の主権が完全に独立しておらず、ロシアが我が国を対等な交渉相手と見做していないことに存するのである。したがってロシアとの外交的手詰まりを打開する前提としては、我が国が北方領土に対する日米安保の適用除外をアメリカから取付ける必要がある。その上で、北方領土の非武装地帯化をロシアに提案してはどうか。何れにしても、安倍首相の対米追従外交を是正しない限りロシアとの平和条約など夢のまた夢であろう。