保守の仮面を被った新自由主義者
エコノミストの菊池英博氏は、その著『新自由主義の自滅』のなかで、安倍内閣による新自由主義的な亡国政策として①税法の破壊ー法人税減税②労働法の破壊ー労働時間管理から経営裁量労働制へ③医療の破壊ー混合診療をテコに国民皆保険の崩壊④国家主権の破壊ー「戦略特区」という租界⑤農業の破壊ー農協解体と食料自給率低下を挙げている。
①については前述した通りであり、大企業重視、消費者軽視の不公正な税制が罷り通っている。
②について、安倍内閣は、小泉内閣以降推し進められて来た労働規制緩和を拡大し、これまで最長3年であった派遣期間を廃止し、同一部署での派遣労働を3年と改めることで、実質的な派遣雇用の永久化を可能にする「派遣法改訂」、ホワイトカラーに対する1日8時間・週40時間の法定労働時間制を廃止し、労働生産性の向上と称して裁量労働制による無償残業を可能とする「残業代ゼロ法案」、これまで原則解雇が不可能であった労使関係を改め、金銭による自由解雇を可能にする「金銭解雇自由法案」等を推し進めている。派遣労働を含む非正規雇用の増加は、安倍内閣に始まったことではないが、少なくとも安倍内閣による一連の労働規制緩和政策が、こうした傾向に掉さしていることは間違いなく、非正規雇用の拡大は実質賃金を押し下げ、経済に対するデフレ圧力となっている。安倍首相は、自らの政権下で有効求人倍率が12年10月の0.83倍から1.56倍(17年5月)となったことを強調しているが、そもそも少子高齢化によって就労人口が減少しているのであるから、有効求人倍率が上がるのは当然であるし、その内実が労働規制緩和による非正規雇用の拡大によるものであり、そのせいで実質賃金はむしろ低下しているのであれば本末転倒であり、利益を得るのはパソナのような人材派遣会社だけである。
③について、国民保険適用外の自由診療と保険内診療の併用を認める「混合診療」は、上述した「年次改革要望書」にも記されたアメリカの対日要望事項である。アメリカは保険外診療の拡大によって、未承認新薬の販売と新たな保険市場の創出を狙っており、その為に我が国の世界に類稀なる国民皆保険制度の形骸化を目論でいるのである。国民皆保険制度の形骸化は、貧富の間における国民の医療格差を拡大し、一君万民の国体にもとることは言うまでもない。
④に関して、国家戦略特区は、昨今の家計学園問題に象徴される様に、規制緩和の弊害を見事に露呈している。そこでは外国資本を含む企業の自由な参入による公正な競争が謳われながら、その裏では安倍首相と気脈を通じた一部のレント・シーカーが不当な政治圧力を加えて国家の行政手続きを歪め、規制緩和によって生まれた利権を私物化しているのである。その中心にいるのが、国家戦略特区制度を首唱し、現在も政府の諮問会議で民間議員を務める竹中平蔵だ。竹中が農業改革特区で、外国人による農業移民の受け入れを解禁させ、自らが会長を務めるパソナにその斡旋業務を受注させているという、露骨な利益相反の問題については前に触れた通りだ。
そして⑤の農協改革について、政府は、表向きの目的を「農家所得の向上」などといっているが、その実態は、農協の100兆円に近い(JAバンク貯金92兆円、JA共済契約保有高300兆円)莫大な金融資産の簒奪を企むグローバル資本が在日米国商工会議所を通じて我が国に市場開放を要求し、政府がこの外圧に屈服した結果に他ならない。2014年5月、在日米国商工会議所は、JAにおける農業事業から農林中金やJA共済連などの金融事業を分離し、他の金融会社と同等の条件で競争させ、さらに准組合員による利用を規制するよう我が国政府に「提言」した。この「提言」ならぬ「要求」を受けて、政府の規制改革会議は、早速同月に「農業改革に関する意見」を公表し、全中の廃止、全農の株式会社化、准組合員の事業利用を正組合員の二分の一に規制といった急進的要求をJAに突き付けたのである。その改革の急先鋒が小泉進次郎であり、彼は父純一郎がアメリカの手先として郵政民営化を強行し、郵政マネーを外資に明け渡したのと同様に、今度は農協を解体して莫大な農協マネーを外資の餌食に供しようとしている。正に売国の遺伝子、竹中と同類の国賊という他なく、こうした連中を政権の内部で重用している安倍首相も売国行為に加担しているのである。
亡国のTPP
そして何といっても、安倍内閣による規制緩和政策の最たるものは、やはりTPPであったろう。かつて安倍首相は、民主党によるTPP参加を公約違反として批判し、「聖域なき関税撤廃を前提とするTPPには断固反対」と言って、農協票を獲得しておきながら、一度政権を奪還するや掌を返した様にTPPを積極的に推進し出し、これに反対する農協を「我が国農業の競争力を阻害している」などと言い掛かりをつけて解体してしまった。そもそも我が国は国土面積が狭い上に、農地が国土に占める割合も小さい。農業の平均経営面積はアメリカが日本の75倍、EUが6倍、そしてオーストリアが1309倍と圧倒的な開きがあり、農産物の関税を撤廃すれば、我が国の農業が壊滅的打撃を被るのは目に見えている。また我が国の農業が政府によって過重に保護されているという見方についても、我が国の農家の所得に占める財政負担の割合は、15.6%と、アメリカの26.4%、フランス90.2%、イギリス95.2%と比較しても格段に低く、平均関税率についても我が国は11.7%、アメリカは5.5%であるが、EU19.5%と比べ決して高くはない。こうした状況下での関税撤廃は、ただでさへ競争条件が不利で政府の保護も希薄な我が国の農業を壊滅させ、食料自給率の一層の低下を招き、食料安保におけるアメリカへの従属強化を招く事は必定だ。
我々国民は、安倍首相が政権奪還をかけた2012年12月の総選挙を前に、『文藝春秋』で次の様に述べていたことを忘れてはならない。
「日本という国は古来から朝早く起きて、汗を流して田畑を耕し、水を分かち合いながら、秋になれば天皇家を中心に五穀豊穣を祈ってきた、『瑞穂の国』であります。自助自立を基本とし、不幸にして誰かが病に倒れれば、村の皆でこれを助ける。これが日本古来の社会保障であり、日本人のDNAに組み込まれているものです。
私は瑞穂の国には瑞穂の国にふさわしい資本主義があるだろうと思っています。自由な競争と開かれた経済を重視しつつ、しかしウォール街から世界を席巻した、強欲資本を原動力とするような資本主義ではなく、道義を重んじ、真の豊かさを知る、瑞穂の国には瑞穂の国にふさわしい市場主義の形があります。
安倍家のルーツは長門市、かつての油谷町です。そこには、棚田があります。日本海に面していて、水を張っているときは、ひとつひとつの棚田に月が映り、多くの漁り火が映り、それは息を飲むほど美しい。
棚田は労働生産性も低く、経済合理性からすればナンセンスかも知れません。しかし、この美しい棚田があってこそ、私の故郷なのです。そして、その田園風景があってこそ、麗しい日本ではないかと思います。市場主義の中で、伝統、文化、地域が重んじられる、瑞穂の国にふさわしい経済のありかたを考えていきたいと思います。」
今となっては、もはや悪い冗談にしか聞こえないが、安倍首相が推し進めたTPPは瑞穂の国たる我が国の農業をアメリカの強欲資本主義に売り渡し、故郷の美しい棚田を台無しにする売国政策だ。幸い自国第一主義を掲げるトランプ大統領の誕生によって、TPPは未遂に終わったが、少なくともこの一件によって安倍首相の正体が、保守の仮面を被った新自由主義者であることだけははっきりした。
種子法廃止とグローバル資本の脅威
どちらかと言うとTPPによる関税撤廃がもたらすのは、食料自給率の低下という、いわば「量的」危機であるが、17年4月安倍内閣が成立させた種子法廃止法案は、我が国の農産物を遺伝子組換種子で汚染し、「質的」危機をもたらすものだ。通称「モンサント法案」と呼ばれるこの法案の成立によって、これまで都道府県に義務付けられてきた、稲、麦、大豆といった主要作物の種の生産や普及は根拠法を失い、民間企業の参入が加速すると思われる。問題なのは、この民間参入の拡大によって、モンサントなどのグローバル企業が我が国に「高生産性」を売りにした遺伝子組換種子などを持ち込み、食の安全性を脅かすのみならず、種子への「特許権」を通じて、我が国の農業を実質的に支配する可能性があることだ。
どうやら、この国民のほとんど誰も知らない種子法廃止を提言したのは、首相の諮問
機関である「規制改革推進会議」及び「未来投資会議」のようであるが、そのメンバーを見ると、むべなるかな、竹中平蔵を始め、小泉構造改革の残党、グローバル資本の走狗と化した新自由主義者達が名を連ねている。彼らの狙いは、国家の戦略資源である種子、国家独立の根幹である農業をグローバル資本に売り渡すことに他ならない。もっとも仮にTPPが締結されていれば、種子法もISD条項によって、モンサントから提訴されていた可能性がある。
以上みた様に、安倍内閣は、経済成長の為の規制緩和と称しながら、その実はアメリカによる自由化要求に屈し、竹中を始めとするレント・シーカーと結託して新自由主義構造改革を強行することによって、我が国の社会経済システムそのものを、アメリカやグローバル資本の利益に従属させようとしている。
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