「瑞穂の国の資本主義」を取り戻すために
こうしてみると、この五年間におけるアベノミクスの成果は悲惨だ。たしかに、この五年間で日経平均は倍増し(2012年12月26日の10230円から2017年12月26日22892円)、GDPも50兆円増えた(2012年10‐12月期の492兆円から17年7-9月期549兆円)が、株価上昇に関しては、日銀やGPIFが国内株を大量に買い入れ株価を吊り上げたことによる「官製相場」であるから当然の結果であり、実体経済の好調を反映したものではない。むしろ、前述したように日銀の異次元緩和によってマネタリー・ベースが336兆円増加したのに対してマネー・ストックの増加は165兆円に過ぎず、両者の差額の171兆円は、金融機関からヘッジファンドなどへの融資を通じて、海外の投機筋に流れているという指摘もある。いまや我が国における株式取引の7割が海外投資家による売買となっており、これと、アベノミクスによる急激な円安によって日本株がドル評価で割安になっていることなどから、外資による日本株の「買い叩き」が進…行しているのである。一方で、円安によっても輸出は増えておらず、むしろ原料価格の高騰などによって消費を圧迫している。こうしてみるアベノミクスによる株高で恩恵を受けるのは、日本企業を買い叩き、莫大なキャピタル・ゲインと配当を手に入れる海外投機家に過ぎない。彼らは短期的な利益を追及するあまりに、「もの言う株主」として、企業の経営陣に高い自己資本利益率(ROE)を要求し、それが企業を自社株買いや、人件費、設備投資、研究開発等の抑制に向かわせる要因になっている。また人件費の抑制は、労働者に長時間労働を強い、設備投資や研究開発費の抑制は、技術革新を通じた企業の長期的発展を損なう原因となる。事実、我が国の企業が過去最高益を記録し、内部留保を積み増す一方で、労働分配率はむしろ下がっており、実質賃金は5年前(12年12月)よりも0.1%減少(17年10月時点)した。つまり、海外投機筋が企業利益を吸い上げる一方で、人件費を抑制された労働者は、低賃金・長時間労働に苦しむという搾取の構造が成り立っているのである。実質賃金の低迷は家計の消費支出を圧迫し、デフレを長期化させる一因になっていることは言うまでもない。
こうしてみると、我が国の金融政策においてデフレ脱却を妨げる最大の障害は、過度な金融市場の自由化が招いた株主資本主義の蔓延と、短期利益を目的とした投機マネーの跳梁跋扈にあるとも言いうる。したがって、政府は労働分配率を上げた企業に減税措置を講じるといった形で人件費拡大へのインセンティブを付与すると共に、投機取引への課税であるトービン税を導入するなどして、実体経済の堅実な成長を促進すべきである。
また財政政策においても、19年10月に予定される消費増税や20年を目途としたPBの黒字化目標は、折角の日銀による異次元緩和の効果を減殺し、デフレから脱却を遅らせる要因となるから撤回すべきだ。上述したように、我が国の大企業は「租税特別措置」によって法人税を殆ど減免されて、莫大な利益を株主への配当や内部留保に割り当てている一方で、財政再建のつけが消費増税に回されているのである。よって政府はこうした不公正極まりない税制を是正し、大企業への「租税特別措置」を廃止すると共に、19年10月の消費増税を中止し、逆に消費税5%への減税を実施すべきである。また政府は、PB目標を放棄し、デフレ型の縮小均衡ではなく、公共投資の拡大による成長型の財政均衡を目指すべきである。前述したエコノミストの菊池英博氏は、人口減少時代にふさわしい国土刷新計画として「5年間100兆円の政府投資を実行すれば、民間投資を誘発し、その相乗効果で成長力が強まり、税収の増加で政府投資は5年間でほぼ回収できる」と提案している。またこれも前述した様に、戦後の経済成長を牽引した公共投資の原資は、財投を通じた中央から地方への資金還流や郵政・年金資金による安定的な国債購入によって成り立っていたが、折からの構造改革は、そうした資金供給ルートを遮断した。その結果、我が国の金融資産の大部分を占める郵政・年金資金は、自主運用とされ、国債での運用比率が下がる代わりに株や外債での運用比率が飛躍的に高まっている。こうした中で、政府は、将来における公共投資の原資を安定的に調達する為に、日銀が政府による国債発行と同じペースで国債を購入し続けることを確約させるか、郵政グループや年金機構への統制(経営権)を復活して、資金運用の主たる使途を国債の購入に限定する必要がある。
そして最後に、安倍内閣は、一連の規制緩和政策を廃止し、竹中平蔵等、小泉構造改革の残党を政府内から一掃すべきである。繰り返し述べたように、竹中等はアメリカや外資と結託して我が国に規制緩和を強要し、それによって生まれた利権を私物化している。目下、安倍内閣が推し進める、労働規制緩和、混合医療解禁、国家戦略特区、農協改革は、何れも我が国の共同体的な相互扶助に基づいた社会経済システムを破壊し、これをアメリカやグローバル資本の利益に従属させるものであるから、全面的に廃止すべきだ。なかでも安倍内閣による新自由主義の最たる政策であるTPPがトランプ政権の誕生によって挫折したことは我が国にとって天佑神助と言うべきである。食糧安保は国家独立の根幹であり、我が国がなすべきなのは、ただでさえ希薄な農業への保護を撤廃するのではなく、逆に現在11.7%に過ぎない平均関税をEU並(19.5%)に引き上げ、輸出補助金等の財政補助によって最低限の食料自給体制を確保すると共に、種子法廃止による食の安全への不安を払拭して、質量の両面における食料安保体制を構築せねばならない。
詰まる所、我が国の経済再生は、旧来の新自由主義と決別し、共同体的な相互扶助に基づく「瑞穂の国の資本主義」を取り戻せるかにかかっているのであって、それは取りも直さず、我が国が真の経済的独立を獲得できるかという問題に等しいのである。