『憲法記念日に想うこと―現行憲法に対する考え』


本日五月三日は、憲法記念日です。憲法記念日は、現行の日本国憲法が施行された日です。

私の現行憲法の対する基本的な考えは、

天皇を元首として明記すべき

②集団的な自衛権を認める代わりに外国軍隊の駐留を禁止すべき

③有名無実化した参院を改革すべき

というものです。

 

まず①について、私は義務教育のなかで、天皇は政治的実権を持たず、「象徴に過ぎない」と教わりました。しかし、「君臨すれども統治せず」が伝統のイギリスにおいてすら、女王は軍隊の統帥権や首相の任命権等、一定の政治的実権を有しています。我が国の天皇は、歴史上、有力貴族や幕府に政治の実権を委任されることはありましたが、原則的には神武建国以来、我が国の唯一正統な君主としての役割を担われ、大化の改新建武新政明治維新終戦など重大局面に際しては天皇親(みずか)ら英断を下されてきました。またそうすることで国民の心を一つにし、国家内外の危機を乗り越えて来たのです。したがって、憲法には天皇を元首として明記し、首相の任命権や軍隊の統帥権、戦争における宣戦講和、テロやクーデターに際する戒厳令の布告などの「天皇大権」を明記すべきと考えます。昨今のコロナ危機との関りで、緊急事態条項の追記による改憲論議されていますが、首相の名による緊急事態条項の発動は権力の独裁につながりかねないので反対です。

 

次に②について、戦後の日米安保体制に基づく「日米同盟」は、「非対称」ではあっても、「片務的」ではなかったと考えています。アメリカや我が国の一部の世論は、日米同盟が「片務的」であることを理由に、集団的自衛権を解禁することで、これを「双務的」にすべきだと主張していますが、従来の日米関係は、「日本がアメリカに基地を提供する代わりにアメリカが日本を防衛する」という取引の上に成り立つものですから、たしかに「非対称」ではありますが、決して「片務的」ではありません。したがって、集団的自衛権を認めて同盟関係を「対称」にするのであれば、在日米軍を全て撤退させるか、あるいは我が国もアメリカ国内に自衛隊を駐留させるのでなければ辻褄が合いません。私は、我が国が、真の独立主権国家として、集団的自衛権を認めると共に、外国軍隊の駐留を禁止することで、「日米同盟」を現在のような不平等な関係から対等化すべきと考えます。

 

最後に③について、現在の参議院は、衆院のコピーであり、二院制とはいいながら、予算や条約、内閣総理大臣の指名に関しては衆院の優越が認められているため有名無実化していると思います。しかし首相が解散権を有する衆院は、目先の政局や党利党略に左右されやすく、一定した国是や大局的な国家戦略に基づいた議論がしにくいという弊害があります。そこで、参院議員は、受勲者のなかから、天皇陛下の勅任によって選ぶこととし、国防や外交(条約の締結)、教育など、国家の大局的な見地に立った議論が求められる分野に関しては、参院に予算や条約の批准に関する優越を認めることで、バランスを図るべきと考えます。

 

以上、私見を申し上げましたが、皆さんは如何お考えでしょうか。

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