再録 『先哲を仰ぐ』(平泉澄先生、錦正社)読書メモ6


次に、「士規七則講義」章について、

この士規七則は、松下村塾で有名な吉田松陰先生が、甥の玉木彦介の元服の 日にあたえた、いわば志士たる者の心得です。章句は簡潔ですが、どれも意味は深遠で正鵠を得ています。以下に平易化した全文の読み下し文とその逐条意訳を 示します。また、若干引用箇所の文末を変えたことをお断りいたします。

士規七則

冊子を披繙(ひはん、ひもとく)すれば、嘉言(かげん、戒めとなるよい言葉)林のごとく、躍々(やくやく)として人に迫る。おもうに人読まざるの み。すなわち読むも行わざるのみ。いやしくも読みてこれを行えば、すなわち千万世といえども、得て尽くすべからず。ああまた何をか言わん。しかりといえど も、知るところありて言わざるあたわざるは人の至情なり。古人これを古に言い、われ今これを今に言う。またなんぞ傷まん。士規七則を作る。

古典をひも解けば、戒めとなるよい言葉は林のように鬱蒼としており、いきいきと読む人に迫るものがある。しかし人々はそうした書物を読まないか、読 んでもそれを実践することができない。「かりにもこれを読んで、しかもこれを実践するのであれば、千万世たっても読みつくし行いつくすということはない。 ああ、もう今更自分がいうことは何もないのである。しかし自分が気づいていることがあれば、言わねば気が済まぬというのは、人情」である。「古の人が既に 昔にこうしたことはいわれているが、私がいまここで今それを述べても、必ずしも差し支えあるわけでは」ない。「そこで私はここに士たる者の規範となるこ と、七ヶ条を述べるので」ある。

一、およそ生まれて人となる。よろしく人の禽獣と異なるゆえんを知るべし。けだし人に五倫あり、しかして君臣父子を最大となす。ゆえに人の人たるゆえんは忠孝を本となす。

「一体我々は、人と生まれたのであるから、人の禽獣と異なる点を知っていなければならない」。「思うに、人が禽獣と異なるところについて考えると、 そこに重大な五つの徳目がある。君臣の関係、父子の関係、夫婦の関係、長幼の関係、朋友の関係についてである」。これを五倫という。「正しい社会は、君臣 の道、父子の道を最も重大とする。ゆえに人としての根本のことは忠孝である」。

一、およそ皇国に生まれては、よろしくわが宇内に尊きゆえんを知るべし。けだし皇朝は万葉一統にして、邦国の士夫、世々禄位をつぎ、人君は民を養いて、もって祖業をつぎたまう。臣民は君に忠にして、もって父の志をつぐ。君臣一体、忠孝一致、ただわが国をしかりとなす。

一体我々は、皇国日本に生まれた以上は、皇国が世界に尊いわけを知らねばならない。というのも、わが国のご皇室は万世一系であり、わが国の武士は 代々家禄をつぎ、天皇陛下は君主として我々国民を温かく統治してくださり、皇祖皇宗(天皇陛下のご先祖)の大事業を継がれている。また国民は臣下として天 皇に忠誠を誓い、父祖の教訓を守っている。このようにしてわが国では、君主である天皇と、臣下である国民が一心同体であり、天皇への忠誠と父祖への孝行が 見事に調和している。このように優れた国柄は、他国と比較しても類まれな尊いことだ。

一、士の道は義より大なるはなく、義は勇によりて行われ、勇は義によりて長ず。

忠孝の道を実地に行うには義勇の精神がなくてはならない。「義勇の欠けたところに、忠義は成し遂げられない」。

一、士の行いは、質実欺かざるをもって要となし、巧詐(こうさ)過ちをかざるをもって恥となす。光明正大皆これより出づ。

志士の行いは、質実あざむかないことが重要であり、己の実績をかざることを恥じる。「光明正大なる態度はうそ偽りがないということより出てくる」。

一、人古今に通ぜず、聖賢を師とせざるは鄙夫のみ。読書尚友は君子のことなり。

「歴史に精通し、古賢先哲の書かれたものを読んで、その教えを受けてのみ、我々はその心を磨くことができる。聖賢を師としない人はつまらない人である」。

一、徳をなし、材を達する。師恩友益多きにおる。ゆえに君子は交遊を慎む。

「我々がその徳を成就し、その才能を働かすということには、師友の恩益に預かるところが実に多い」。だから正しい人は、人との交遊を慎む。

一、死して後やむ(死而後止)の四字は、言簡にして義広し。堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、これをおきて術なきなり。

「死而後止の四字は、言葉は簡単であるが意味は広大である。いかなる困難が向かってこようとも、断固として千軍万馬の前に立つには、堅忍果決、断固とした覚悟がないとできない」。

右の士規七則、約して三端となす。いわく、立志をもって万事の源となし、択交もって仁義の行をたすけ、読書もって聖賢のおしえをならう。士いやしくもここに得るあらば、またもって成人となすべし。

「右の士規七則は、要約して三つのことになります。志を立てることが万事の根本であり、交友をえらぶことが仁義の道を行うのを助けることになり、読書することが聖賢の教えを学ぶ道である」。

以上からも明らかなように、いまの日本を立て直すことができるのは、テクノロジーでもなければ景気対策でもありません。唯一、忠孝道徳の復活あるのみであります。

ところで本編では乃木希介大将が長州の後輩に行った士規七則講義の一端が紹介され、それによると乃木大将は、「凡そ道義を肝に銘じ、志あるものは、普通一般の者とは、何か違ったところがなくてはならないと申されて」いたそうです。「普通の人と何か違ったところがなくてはならぬ、人の欲しがるものを欲しがる様ではつまらぬ、人のしているようなことをしているだけではならない」。珠玉の金言でありましょう。