中臣祓師説(若林強斎講義、澤田重淵筆記)3


吾は、親しみたる詞なり。豊葦原乃水穂乃国云々。頓と御譲ゆえ、事寄せ奉り紀とある。豊葦原乃水穂乃国は、吾が国の惣名ぞ。豊は豊穣を云う。葦原は葦芽の葦ぞ。水中いじりこの中から屹度生れ立って繁茂するものぞ。天地開闢の初めは一枚水で、それがとろとろと火の神の功でこりかたまりて国土となり、其の水の中に屹度国とならんとするきざしが葦芽で、それから国土ともなり、萬物とも生々きわまりなきぞ。瑞はみずみずしい、うるわしいこと。穂は五穀の穂、人の命脈をつなぐ第一のもの。五穀豊穣の国ゆえ、かく云うぞ。又は穂は火と通い、水あっても火なければ物を生じることならず、火あっても水なければ生ぜず、水火妙合して物を生じる。それで水穂の国と云う説もある。惣じて和語はいろいろはたらく。いづれもよいぞ。畢竟けっこうな五穀豊穣の国と云う称美の詞なり。惣じてみづは称美の詞に用いるぞ。安国は平安なる国土と云うこと。知食すは、つかさどらせられ始めさせらるること。惣じて治まるはしらねばならぬゆえ、つかさどりおさむることをしるとは云う。寄は打ちまかすこと。奉幾は奉りけりと云う詞。已にらちのあいたことばをけりと云って、反切すれば、きになるぞ。そもそも上様の御先祖まず此の如くなりけりと、大根本に原(もと)づいて述べさせられたるなり。神代の古語と云えるが是なり。皇孫の御譲りをうけさせ玉うも、神武天皇の御位に即(つか)せらるるも、屹度高天原に神留まします皇天二祖の御蔭をうけさせ玉いての御事なり。種子命の祓を主(つか)さどらせらるるも、毫末私ない、あなたを戴きてのこと。第一番に御先祖の古事を述べさせ玉うと云うは、まことに殊勝の御事なり。皆神代の古事の要領を挙げて、其の事実は神代巻に詳らかなり。此の如く寄せ奉じ云々の一段は、皇孫日向へ降臨なさせらるる始末なり。此の如く寄せ奉ずる志は、上を受けて下を起こす詞。まづかくのごとくに御国を譲らせられ、御位に即させられたときに、開闢の初め、皇化一統に及ばぬときゆえ、荒振る神と云って、小威を振るって居る神があそこここにある。神代巻に蛍火光神、蠅声邪神、残賊強暴横悪之神とある、是なり。其の第一に、大己貴命が棟梁にて、屹度西国をきり従えてござられて、中々むづかしき事体なり。まづこれをしたがえざれば、天孫降臨なさせられう様がないゆえ、神問仁問賜比云々。この事実、神代巻にある通り。穂日命・三熊大人・天稚彦などを使わされたる処に、皆不忠にて復命もうさず、卒に経津主・武甕槌の両神をつかわされて、此の両神の忠誠に、大己貴命も心服ありて、別って大己貴命の子事代主命の神忠すぐれさせられ、父子同心にかくれ退き玉い、其の外の諸神みなまつろいたることなり。各別の勲功ゆえ、大己貴命は出雲の大社といつきまつらせられ、事代主命は神祇官八神の内にありて、朝廷守護の神とあがめ玉えり。