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講演会「大アジア主義とは何か 真実の歴史を知ろう─戦後封印されたもう一つの近代史を解き明かす」(令和4年12月3日)のご案内

大アジア研究会主催で、令和4年12月3日に講演会「大アジア主義とは何か 真実の歴史を知ろう─戦後封印されたもう一つの近代史を解き明かす」を開催します。
是非ご参加ください。

■講演会
①「王道アジア主義の系譜─西郷隆盛・石原莞爾・木村武雄」
講師:坪内隆彦(『維新と興亜』編集長、昭和維新顕彰財団代表理事)
昭和40年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社。平成元年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。近著に『水戸学で固めた男・渋沢栄一』『木村武雄の日中国交正常化』など。

②「岡倉天心と大川周明」
講師:小野耕資(大アジア研究会代表、『維新と興亜』副編集長)
昭和60年、神奈川県生まれ。青山学院大学文学研究科史学専攻博士前期課程修了。里見日本文化学研究所研究員。著書に『読んでおきたい日本の「宗教書」』『筆一本で権力と闘いつづけた男 陸羯南』など。

③「頭山満と内田良平」
講師:折本龍則(『維新と興亜』発行人・浦安市議会議員)
昭和59年、千葉県浦安市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業(雄弁会幹事長)。インドでチベット人への日本語教育に従事。著書に『崎門学と『保建大記』』『日本再建は水戸学国体論から!』など。

日 時:令和4年12月3日(土)14時~16時
場 所:中台地域センター(東京都板橋区中台一丁目44-8、東武東上線上板橋駅から徒歩8分)
費 用:1,000円(資料代含む)
*講演会に先立ち、有志により
宮崎滔天歿後100年祭を執り行います
時 間:11時~12時
場 所:白山神社(東京都文京区白山5-31-26) 孫文像前
主 催:大アジア研究会 共 催:『維新と興亜』
TEL 047-352-1007 FAX 047-355-3770
mail@ishintokoua.com

田母神俊雄「米国は日中戦争に参戦できない」(『維新と興亜』第15号、令和4年10月28日発売)

『維新と興亜』第15号(令和4年10月28日発売)に掲載した田母神俊雄先生のインタビュー記事「米国は日中戦争に参戦できない」の一部を紹介します。

アメリカがウクライナ戦争に参戦できない理由
── 日米安保条約に依存する現在の防衛政策には、どのような問題点がありますか。
田母神 いま日本では「自分の国は自分で守る」という体制ができていません。歴代政権は、「自分の国は自分で守る」と口では言ってきましたが、実際にその方向に動いたことはないのです。
 日米安保条約のもと、有事の際にはアメリカに守ってもらうという体制を続けてきましたが、本当にアメリカは日本を守ってくれるのでしょうか。今回、核武装国であるロシアが非核武装国であるウクライナに侵攻しました。ところが、核武装国であるアメリカでも、ウクライナの戦闘に参加して同国を助けることができないということがはっきりしたのです。もちろん、ウクライナとアメリカが同盟関係にないことも影響していますが、同盟関係にあったとしても結果は同じだったと思います。
 プーチン大統領が「必要があれば核兵器の使用も辞さない」と恫喝する中で、アメリカが仮に戦争に参加した場合、戦闘がエスカレートすれば核兵器の撃ち合いになる危険性があるわけです。そうした危険性があるからこそ、バイデン大統領は「戦争には参加しない」と最初から語っていたのでしょう。つまり、ロシアの核兵器によって、アメリカのウクライナ戦争への参加が抑止されているということです。
 これを日本に当てはめると、核武装国である中国が非核武装国である日本に侵略した場合、核武装国であるアメリカが中国と日本の戦争に参加して戦ってくれる確率はほぼゼロに近いと思います。それが、今回のウクライナ戦争ではっきりしたことです。つまり、いまこそ日本は自力で戦う覚悟を固め、自主防衛の方向に大きく舵を切るべきです。
 日本では「国家の自立とは軍の自立である」ということが十分に理解されていません。 国家の自立と軍の自立はほぼ同意語です。つまり、どんなに「日本は自立すべきである」と叫んだところで、軍事的に自立しなければ、それは掛け声だけで終わってしまうということです。
 日本は国家として自立し、対等の関係で日米安保条約を結び直す必要があります。現在の日米安保体制はアメリカへの従属体制です。
 国家として自立しなければ、主体的な経済政策を採用することもできません。結局、アメリカの要求に沿った政策を強いられ、国益を毀損するような結果をもたらすということです。
 またバイデン大統領の「ウクライナの戦争には参加しない」という発言の背後には、アメリカはウクライナ戦争が起きて欲しかったという背景があるかもしれません。ロシアに侵略してもらえばウクライナを支援することによってアメリカの軍需産業が儲かるわけです。国際政治は腹黒いのです。
── 自衛隊の司令部と在日米軍の司令部が同じ場所に存在する現状について、どう考えていますか。
田母神 米空軍の横田基地の出先機関に自衛隊の航空総隊司令部が入り、米海軍の横須賀基地の出先機関に海上自衛隊の自衛艦隊司令部が入り、アメリカのレギュレーションによってコントロールを受けている状況は、決して独立国の姿ではないと思います。
 ただ残念ながら、現在は自衛隊の力だけで日本を守ることはできません。いますぐアメリカ軍が撤退すれば、中国などに篭絡される可能性があります。したがって、まず日本の軍事力を増強して、自力で戦える体制が確立した上で、米軍の常時駐留ではなく、有事駐留に切り替えていくべきだと思います。

「日本の核武装」をアメリカに説得するチャンスだ
── 日本の自主防衛の確立には核武装が必要でしょうか。
田母神 日本が核武装することによって、日本の安全性は向上すると思います。日本人には核に対するアレルギーが強く、左派と言われる人たちは日本の核武装には絶対反対の立場をとっています。しかし、核兵器は使用する兵器ではなく、戦争を抑止するための兵器です。ある国家が、ひとたび核兵器を保有すれば、その国家に対する攻撃はできなくなります。
 アメリカは、「イラクが大量破壊兵器を持っている」という理由でイラクを攻撃しましたが、実はアメリカはイラクが大量破壊兵器を持っていないということを知っていたからこそイラクを攻撃できたのです。これに対して北朝鮮はどうか。アメリカが北朝鮮を軍事的に制圧することはそれほど難しいことではありませんが、北朝鮮は破れかぶれで、アメリカに対して核兵器を使用するかもしれません。どんなに北朝鮮の核兵器の性能が低いとしても、北朝鮮がニューヨークやワシントンをターゲットとして核攻撃し、命中させる可能性はゼロではありません。アメリカは、その可能性が僅かでもあれば、北朝鮮に対して攻撃することはできないと思います。つまり、日本が核武装すれば、日本に対して軍事攻撃をすることは難しくなります。
 核兵器には軍事的な意味だけではなく、外交的な意味もあります。核武装国と非核武装国とを比べた時、その外交交渉力は大きく異なります。軍事力を背景にして、相手に対して「ふざけたことを言っていたら、ぶん殴るぞ」という姿勢を見せなければ、外交力は高まりません。

『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日)

『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)

『維新と興亜』第14号
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《目 次》
【特集】どうする日本外交 日米地位協定改定 日中国交正常化50年
日米安保条約を破棄すればいい(亀井静香)
対米自立を政治の大きな流れに(鳩山友紀夫)
日米地位協定改定の方策(上田清司)
本音で日本の自立を語る(神谷宗幣)
習近平後の日中関係(近藤大介)
アジア主義と日中連携論 宮崎滔天・北一輝・石原莞爾(嵯峨 隆)
王道アジア主義の夢 木村武雄の日中国交正常化(坪内隆彦)

【明治神宮外苑再開発】
儲けのために日本の歴史を破壊するのか(鈴木傾城)
外苑の樹木を守れ(本誌編集部)

【巻頭言】このままではテロ多発時代が訪れる(坪内隆彦)
【時論】令和の御代こそは天皇陛下の靖国神社ご親拝を仰ぐべし!(折本龍則)
【時論】安倍晋三の国葬儀に反対する(小野耕資)
【新連載】世界を牛耳る国際金融資本① ワクチン普及による人口削減計画(木原功仁哉)
天皇を戴く国(六)大東亜戦争の世界史的意義(西村眞悟)
保田與重郎から読み解く維新の源流② 近世国学の源流─後鳥羽院(倉橋 昇)
九条での変節は、統一教会との癒着と無関係か?(慶野義雄)
台湾を全面支援します。その①(川瀬善業)
大東亜戦争敗戦と石原莞爾(金子宗德)
今生に発心せずんば(森田忠明)
愛郷心序説 ⑨「みことのり」に示されたまつりごとの基本(杉本延博)
大伴家持の美意識と苦悩 余話(玉川可奈子)
「科学万能」の幻想(福山耕治)
秋田の先賢─平田篤胤と中山菁莪(廣木 章)
【書評】吉田敏浩著『追跡! 謎の日米合同委員会』/西部邁・福田和也著、木村岳雄監修『論語清談』/松本丘著「大津崎門派 川島栗斎」
活動報告
読者の声
編集後記

小野耕資「安倍晋三の国葬儀に反対する」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した「安倍晋三の国葬儀に反対する」(時論、小野耕資)を紹介します。

 本年七月八日の山上徹也容疑者による銃撃事件により、元首相が亡くなるという衝撃的な事件が起こった。同容疑者は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に家族が入信し、家庭が崩壊したことで、同教団の広告塔となっていた安倍氏を標的としたと供述している。
 安倍元首相の死去からわずか六日後の七月十四日には、岸田首相は「ご功績は誠にすばらしいものである」として、安倍氏の国葬儀を行うことを表明し、二十二日には閣議決定がなされた。国葬儀は九月二十七日に日本武道館で無宗教形式で行われる予定だという。
国葬については微妙な歴史がある。戦前は『国葬令』のもと、天皇の勅令により執り行われている。皇族の他は、伊藤博文、山縣有朋、松方正義、西園寺公望ら元老がその中心であった。そうした国葬令が消失したと考えられた戦後は、天皇を除く皇族は国葬と明言しない「事実上の国葬」で執り行われている。また、戦後臣下で国葬された先例とされている吉田茂は国葬ではなく「国葬儀」だという奇妙な理屈で(勅令ではなく)閣議決定により行われた歴史がある。今回の安倍国葬も同様で、国葬ではなく国葬儀であるという理屈に立っている。なぜこのような奇妙な理屈がこねられているかというと、元来国葬とは、「国家元首及びその親族」と、「国家元首が認めた人物」がなされるものだ。しかし戦後のわが国は「日本国憲法」なる偽文書を抱えているために、国家元首が誰であるのかを曖昧にごまかしてきた。戦前からの通例にならって国家元首は天皇とするのか、「国民主権」を掲げた憲法を戴くため「国民(その代表である総理大臣)」とするのか、憲法論議は避けられてきた。結果、元首が祀られるべき国葬についても曖昧な対応とされ続けてきたのだ。昭和天皇の大喪の礼が国費でなされている通り、本質的に日本国の元首は天皇であると考えるほかないが、長年の自民党政治がこうした議論を明確にせずにごまかし続けてきたため、国葬についても法整備がなされていないのだ。法整備も元首に関する議論も棚上げしたまま、なし崩し的に先例だからと閣議決定で「国葬儀」をする姿勢は到底容認できない。
 私見を申し上げれば、本質論的にいえば元首は天皇であるのだから元首及びその周囲の方を国葬とするのが自然ではないだろうか。国葬とは天皇が亡くなられた際の大喪の礼であって、臣下は国葬にされるべきではない。ちなみに安倍元首相の国葬の委託先は電通が受注したという。自民党と電通の癒着体質により、真底まで腐っていることが明らかになった。こうした政治体制の中で権力を維持しつづけたことも安倍政治の本質であり、皮肉な結果ともいえる。
 ところで安倍国葬にまつわる報道の中では、喪主である昭恵夫人が国葬に乗り気ではなく、実はそっとしておいてほしいという意向なのではないかということに注目したい。もともと昭恵夫人は「内助の功」に徹することが多かった歴代の首相夫人とは異なり、東日本大震災の被災地の防潮堤建設の見直しを訴えたり、脱原発に言及したり、居酒屋経営をしたりするなど政府方針と異なる独自の動きをしつづけ、「家庭内野党」と呼ばれたほどであった。「後継ぎ」が期待される家庭環境の中で、体質的な面もあろうが子どももなく、「保守派」の重鎮とされた安倍氏であるが、夫婦関係は存外リベラルであったという。安倍氏も自らの家柄に課せられた「役割」を果たすことで精いっぱいであったのかもしれないと思うと感慨深い。岸田首相が早々に国葬儀を決定した背景には、海外要人の弔問客に対応することで自らの権力基盤を安定させたいという底意があるとも言われる。死してもなお権力に翻弄されることが安倍氏が背負った宿命だとすれば、哀しいことではないだろうか。
 世の所謂「保守派」の中には安倍国葬を礼賛する方も少なくない。だが天皇陛下の勅もなく国葬儀を発する岸田総理の姿勢に、戦後の矛盾を見なければならない。中曽根元首相をはじめとした吉田茂以外の歴代総理大臣は、内閣と自由民主党の合同葬とされることが多い。これ自体も電通が受注したのか等税金の使い道は精査されないといけないのだが、少なくとも国葬儀よりは穏当な対応であり、安倍氏も同様の対応とすべきではないだろうか。

折本龍則「令和の御代こそは天皇陛下の靖国神社ご親拝を仰ぐべし!」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した「令和の御代こそは天皇陛下の靖国神社ご親拝を仰ぐべし!」(時論、折本龍則)を紹介します。

 今年も戦後七十七回目の終戦記念日を迎えた。毎年この日になると、今年は何人の大臣が参拝したといったことがニュースになる。お国の為に戦い亡くなられた英霊を政府が追悼するのは当然の事であり、首相以下全ての閣僚は、内外の圧力を排して靖国神社に参拝すべきである。
 とはいえ、首相といえども所詮は人臣であり、英霊たちが一番待ち望んでおられるのは天皇陛下のご親拝ではないだろうか。なぜなら、英霊は「天皇陛下万歳」と言って亡くなったのであって、「内閣総理大臣万歳」といって亡くなった方はほとんどおられないだろうからである。よく、英霊は「天皇陛下万歳」などと言って死んでいない、最期は「お母さーん!」と言って亡くなったのだということを言う方がおられるが、天皇陛下は、故郷の父母や愛する家族、麗しい山河、悠久の歴史を内包した日本そのものを一身に体現された御方なのである。
 したがって、政府は天皇陛下のご親拝を仰げるような環境整備にあらゆる努力を尽くすべきであり、首相以下全ての閣僚が靖国を参拝するのは、ご親拝の露払いなのである。
 残念ながら、三十年に亘った平成の御代において、ついに天皇陛下の靖国ご親拝は叶わなかった。令和元年五月十一日、世間が御代替わりの祝賀ムードに沸くなか、「靖國会」の事務局長をされていた沼山光洋さんが、「平成の御代にご親拝賜われなかったこと天皇陛下、御祭神の皆様に大変申し訳なくお詫びの言葉もありません」と云った言葉を遺して、靖国神社付近の路上において割腹自決を遂げられた。恐懼に堪えない。
 天皇陛下の靖国神社ご親拝については、昭和天皇が戦前戦後を通じて二十八回、現行憲法施行後も八回ご親拝されているが、昭和五十年の十一月二十一日を最後に途絶えてしまっている。この背景の一つには、昭和五十三年における故松平永芳宮司によるいわゆる「A級戦犯」の合祀があるとされている。
 しかし、たとえ如何なる事情があるにもせよ、目的は陛下のご親拝を実現することにあるのであるから、政府が逐一今上陛下の思し召しを拝しながら、原理原則に固執することなく必要な措置を講じ、ご親拝に立ちはだかる政治的障害物を取り除かねばならない。
 ところで、靖国の英霊は、天皇陛下を大元帥に戴く皇軍の将兵として戦われた。皇軍が最強を誇ったのは、天皇陛下への忠義を通じて国民が心を一つにし、一致団結して国難に当たったからである。これは決して近代に始まったことではなく、万葉集にある「今日よりは顧みなくて大君の醜の御盾と出で立つわれは」の防人歌に示されるように、建国以来の我が国の伝統なのである。
 したがって、目下、憲法改正の議論が高まっているが、自民党がかつて改憲案に掲げていた「自衛隊の国軍化」とは、天皇に統帥権を奉還して大元帥に戴くことに他ならない。これは極論でも何でもなく、我が国と国柄は違うが、例えば立憲君主制の英国においてさえ、国軍の最高司令官は英国女王である。
 こういうことを言うと、すぐに「戦前の軍部は統帥権の独立の名の下に政府を無視して暴走し侵略戦争を引き起こしたではないか」、といった批判が来る。しかし筆者は、統帥権が独立していたから軍部が暴走したのではなく、逆に、統帥権が上手く機能していなかったから軍部の暴走を止められなかったのだと思っている。
 古来天皇陛下は、国家の安泰と世界の平和を祈られるご存在であり、昭和天皇が大東亜戦争直前の御前会議に際し、明治天皇の「よもの海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらむ」の御製を引かれて最後まで平和を思召され、戦後もご歴代の天皇が平和を祈り続けて来られたように、天皇陛下は世界平和の象徴であらせられる。したがって、その様な陛下を国軍の大元帥に戴くことは、我が国の軍隊が侵略戦争はしない、平和と道義の為の軍隊であることを内外に明示することにもなるだろう。
 令和の御代こそは、何としても天皇陛下の靖国神社ご親拝を仰がねばならない。

坪内隆彦「このままではテロ多発時代が訪れる」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した「このままではテロ多発時代が訪れる」(巻頭言、坪内隆彦)を紹介します。

 五・一五事件で犬養毅総理が射殺されてから九十年目を迎えた直後、安倍元総理が凶弾に斃れた。
 五・一五事件当時、国民生活が困窮する一方、政界、財界、官界の腐敗は窮まっていた。蹶起した三上卓が草した檄文には、「政権党利に盲ひたる政党と之に結托して民衆の膏血を搾る財閥と更に之を擁護して圧政日に長ずる官憲……」と書かれていた。
 首相を暗殺したにもかかわらず、国民は蹶起した青年将校たちに同情していた。昭和八(一九三三)年七月に海軍側公判が開始され、青年将校たちの思いが伝えられると、減刑嘆願運動が一気に盛り上がり、国民運動の様相を呈した。嘆願書には市長村長、在郷軍人分会長、青年団長などの組織によるものもあったが、個人による自発的な嘆願も後を絶たなかった。新潟県から届いた嘆願書には、小指九本を入れて荒木貞夫陸相に「捧呈」した血書もあった。
 同年九月の海軍側論告求刑で古賀清志、三上卓、黒岩勇に死刑が求刑されるや、助命嘆願という形で、嘆願運動は一層熱をおび、嘆願書は九月末までに七十万通を超えた。「五・一五の方々を死なせたくない」との遺書を残し、電車に飛び込み自殺をした十九歳の少女もいた(小山俊樹『五・一五事件』)。
 国民は、貧困と格差に喘いでいたのだ。五・一五事件で立憲政友会本部襲撃隊に加わった陸軍士官学校本科生・吉原政巳は、砲兵科の首席で、恩賜の銀時計が約束されていた。ところが彼は、すべてを捨てて大義のために立ち上がったのだ。吉原は陸軍側公判で、郷里福島の農村の困窮を涙ながらに語り、 「名も金も名誉もいらぬ人間ほど始末に困るものはない」との西郷南洲の言葉を挙げて、蹶起にいたる心情を語った。傍聴席は嗚咽に包まれたという。
 また、ある女子工員が主席検察官を務めた匂坂春平に送った投書には、青年将校の行動について、「東北地方の凶作地への御心遣りなぞは、妾(私)の如き凶作地出身の不幸な女にどんなにか嬉しく感じたでせう。……身命を御賭し下さいました麗しい御精神には、ほんとに泣かされるのでございます」と書かれていた。この時代にテロやクーデターが続いたのは、こうした国民感情があったからである。
 一方、署名サイト「Change.org」で行われている、山上徹也容疑者の減刑を求める署名への賛同者は六千九百八十九人に達した(八月二十三日時点)。
 もちろん、山上容疑者と、五・一五事件で蹶起した青年将校たちを同列に論じることはできない。青年将校を動かしたのは大義だったが、山上容疑を動かしたのは私怨である。しかし、テロが頻発した昭和初期の時代と現在には二つの共通点がある。一つは、一部の権力者や特権階級が利益を貪る一方、国民が貧困と格差に喘いでいる点である。特に小泉政権以来の新自由主義路線によって、貧困と格差の問題が深刻化した。
 もう一つは、自由な言論空間が狭められ、国民の声が権力者に届かなくなっている点だ。第二次安倍政権が成立させた特定秘密保護法と共謀罪によってメディアが委縮し、先月には侮辱罪が厳罰化された。罰則は「一年以下の懲役・禁錮または三十万円以下の罰金」に引き上げられた。こうした中で「スラップ訴訟」(恫喝訴訟)が横行し、権力批判の言論はさらに委縮しつつある。
 言論の力によって社会が変わるという希望がある間は、テロは容易には起こらない。しかし、自由な言論が封じられたときには、「テロしかない」と考える人が必ず現れるだろう。昭和初期の歴史もそれを示しているのではないか。
 「新自由主義からの脱却」を掲げた岸田総理は、ただちに貧困と格差の問題に全力で取り組むと同時に、大企業やグローバル企業に利益を誘導してきた「政商」たちを政策決定から完全に排除すべきではないか。このままではテロ多発時代が訪れる。

鈴木傾城「儲けのために日本の歴史を破壊するのか」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した鈴木傾城先生の「儲けのために日本の歴史を破壊するのか」の一部を紹介します。

■樹齢百年を超える樹木九七一本が伐採される
 昭和五十年代、民族派最強の論客であった野村秋介氏は著書『友よ山河を亡ぼすなかれ』の中で、このような言葉を残している。
 「わが内なる天皇は、わが内なる山紫水明なる山河と一体であり、緑豊かなる日本の一木一草は、そのままにしてわが日本の神々であらねばならぬ」
 これは、すべての愛国者が改めて復唱しなければならない言葉でもある。この言葉を深く咀嚼すると、指し示しているものはまさに神道における八百万の神であるというのが分かる。そして一木一草が神々であるという想いは、真っ当な日本民族であれば誰もが幼少の頃より馴染んでいる感覚で違和感がない。
 しかしながら今、八百万の神々に背く事態が起きようとしている。令和四年三月十日に小池百合子都知事の最終決定を受けて告示された明治神宮外苑の大規模な再開発である。
 明治神宮外苑は四季折々の自然を楽しむことができる東京のオアシスであるとともに、東京都が誇る歴史的記念碑でもある。歴史は古い。明治天皇が崩御されたのは明治四十五年であるが、日本国民のあいだからは明治天皇と昭憲皇太后を記念する施設を作るべきだという声が方々から上がった。そして多くの寄付がなされ、その結果として国費で内苑が作られ、日本国民の寄付で外苑が作られることになった。
 外苑の造営にあたっては全国各地から多くの青年奉仕団が自発的に集まって勤労に勤しみ、植栽された樹木もまた多くの国民から献木された。外苑の竣工を見たのが大正十五年だが、以後この地域は日本初の風致地区に指定され、百年近く国民の憩いの場所として守られてきた。まさに日本を代表する文化的景観である。その景観の美しさは海外でもよく知られており、開かれた庭園として世界的にも親しまれてきたのだった。
 特にイチョウ並木は世界的にも有名で、東京で最も美しい街路樹として名を轟かす。ユネスコの諮問機関の国内組織「日本イコモス国内委員会」もまたこれを「国際社会に誇る公共性・公益性の高い文化的資産」「近代日本を代表する珠玉の名作」と呼んでいる。
 ところが、平成二十五年頃より再開発の計画が浮上し、平成三十年には宗教法人明治神宮、日本スポーツ振興センター(JSC)、伊藤忠商事、三井不動産が、再開発事業者として策定され、計画が一気に進んでいくことになった。
 これら四者は老朽化を理由に神宮球場・第二球場と秩父宮ラグビー場をスクラップ&ビルドし、屋根付き全天候型ラグビー場、ホテル併設の新野球場を作り、さらにはオフィスビルや商業施設が入る複合ビルを建設すると発表したのだった。この計画の過程で分かったのは、樹齢百年を超える樹木を含む九七一本が伐採されてしまうという事実であった。ちなみに存置は三四〇本、移植は七〇本である。この移植の七〇本の場所は決まっておらず、しかも移植に成功するかどうかも確約されていない。
 明治神宮外苑の樹木は、先人が明治天皇と昭憲皇太后を記念すべく寄付と献木によって造営されたものである。これが再開発によって一気に破壊されてしまう。しかもこの再開発計画は令和三年の暮れに行政による申し訳程度の住民説明会と、わずか二週間のみの縦覧の後に、市民不在の中で令和四年東京都都市計画審議会で賛成多数で採決され、三月十日には小池都知事の最終決定を受けて告示された。
 この告示で驚いたのが市民側である。広く知らしめられないまま明治神宮外苑の再開発計画が不透明なプロセスが進行し、明治神宮外苑の要である樹木九七一本が一気に伐採されてしまう。しかも、こうした事実は開発側からは提出されなかった。

■出来レースの疑いも
 市民が少なからず衝撃を受けたのは、この再開発に宗教法人明治神宮も絡んでいたことである。本来であれば明治神宮が先頭に立って外苑の歴史と自然を守護すべきであったが、自然破壊を懸念される都市計画提案に宗教法人明治神宮が開発側に立っている。なぜ、こんなことになっているのか。
 それは、三井不動産という企業の中で二十四年にも渡って権力者として君臨している岩沙弘道氏(三井不動産株式会社代表取締役会長)が、実は明治神宮総代を務めて影響力を行使していることに理由があるのではないか。
 また、SDGs(持続可能な開発目標)を標榜して『緑化の推進は、自然の回復の基本であり、美しい景観を形成し、うるおいとやすらぎのある快適なまちづくりに重要な役割を果たす』という緑化計画を進めている東京都も、あっさり自然破壊が懸念される再開発事業を承諾しているのだが、これも平成三十年に東京都知事小池百合子が、明治神宮総代に就任していたことに理由があるのではないか。
 再開発を計画した人間と承諾する人間が宗教法人明治神宮の内部にいて、最初から出来レースで動いているのではないかという懸念が見て取れる。
 こうした事態を受けて市民側にも反対運動が一気に噴出し、大学生の楠本夏花氏が主導する反対デモや、アメリカ人事業家ロッシェル・カップ氏が主導するウェブを介した署名運動が燎原の火のように広がっていくようになった。この計画には東京都・再開発業者・地権者というステークホルダーが関わっているが、唯一疎外されているのが市民という重要なステークホルダーだったのである。

近藤大介「習近平後の日中関係」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した近藤大介先生のインタビュー「習近平後の日中関係」の一部を紹介します。

■民主化に向かっていた胡錦濤政権
── 近藤さんは2006年に『日本よ中国と同盟せよ!』(光文社)を著し、「日中が二人三脚で『アジアの世紀』『東洋文明の時代』を切り開いていく」と書いていました。
近藤 この本を書いたのは、中国が一歩一歩民主化に向かおうとしていた胡錦濤政権の時代です。ところが、2012年に習近平が総書記に就き、胡錦濤政権時代とは真逆の方向に走りました。まるで別の国になったような感じです。その結果、私は「転向」しました。現在の状況では、中国と手を結ぶことはできません。
 胡錦濤政権時代には明るい展望がありました。例えば、2004年10月には中国共産党中央委員会編纂局マルクス主義研究所の何増科所長が中心になって、『中国政治体制改革研究』を編纂しています。これは、胡錦濤政権指導部が描いていた民主化への公式ロードマップです。
 同書には、「今後中国では法治化、地方分権、市民の政治参加などを漸次、推進する」と書かれていました。また、「2007年秋以降、経済発展優先、治安維持優先、法治化優先、地方自治体の民主化優先、共産党内の民主化優先という5つの優先原則を堅持しながら、政治の民主化を達成していく」と述べていました。そして、最終的には、完全に欧米式の民主主義国家になるのではなく、中華の伝統と秩序に則った「混合民主政体」が中国にふさわしいと結論づけていたのです。
 実際、政治の民主化は着々と始動していました。2004年10月には、選挙法及び地方組織法の改正案が通過し、地方自治体にあたる「県」と「郷」で議員の直接選挙を実施しました。実際、広東省の烏坎村では2012年3月、汚職まみれだった共産党委員会に代わって、約6800人の村民が投票によって村民委員会のメンバーを選出することが許可されました。ところが、習近平政権になって政策が劇的に転換されました。
 中国共産党は、1992年以来、政治は社会主義で、経済は市場経済という「社会主義市場経済」を目指してきました。鄧小平やその薫陶を受けた胡錦濤、李克強、胡春華らが目指してきたのは、徐々に社会主義色を薄めていき、市場経済型の国を作ることでした。ただ、急激に変革するのではなく、少しずつ軸足を置き替えながら、民主的な国にしていこうと考えていたのです。
 遡れば、孫文もまた、「軍政(軍事政権)期3年、訓政(党政)期3年、憲政(憲法制定)期3年」を経て、民主化に向かうという方針を立てていました。それを受け継いだのが蒋介石です。毛沢東ですら、当初は民主化を主張していたのです。毛沢東は国共内戦を行ったとき、「国民党には自由と民主がない」と主張して決起したわけです。
 ところが、習近平政権になってから、民営企業を主体とする市場経済を弱め、社会主義を強めるという真逆の方向に走り始めたのです。習近平政権が三期目に入れば、プーチンのロシアのように、国内に敵がいなくなり、1950年代の毛沢東のように習近平に対する個人崇拝が進むと思います。

■日清戦争時とは立場が逆転した現在の状況
── 習近平政権が続く限り日中関係の改善は望めないということですか。
近藤 日本は、習近平政権が尖閣諸島を取りにくることを警戒する必要があります。習近平は「中華民族の偉大なる復興という夢の実現」を目指しています。これは、アヘン戦争、日清戦争の前の状態に戻すということです。彼は「中国はアヘン戦争で香港を取られ、日清戦争で台湾を取られ、そこから屈辱の時代が始まった」と認識しています。したがって、習近平は台湾を取り戻し、台湾に含まれると主張する尖閣も取り戻そうとするでしょう。
 現在の状況は、日清戦争前の状況とそっくりなのです。ただし、攻守が逆転しています。日清戦争前、日本は経済力、軍事力を拡大してアジアの新興国として台頭する一方、清国は老大国として沈みゆく存在でした。清は日本の脅威を非常に強く感じていましたが、直接日本と対決したくないので、欧米に助けを求めていました。当時、清は西太后の時代でしたが、宮廷も国民も平和ボケし、「専守防衛」ばかり唱えていました。
 まさに現在の状況はこれと真逆で、中国は経済的にも軍事的にも強大化し、日本の国力は低下しつつあります。こうした中で、中国の脅威に怯える日本はアメリカに頼り、イギリスにも応援を頼む状況で、やはり「専守防衛」ばかり唱えています。
── シーレーンを日中が共同管理することによって、両国関係を安定化させることはできないのでしょうか。
近藤 習近平政権では難しいでしょう。習近平には「日中対等」「日中共同」という発想はありません。これに対して、胡錦濤にはそうした発想がありました。実際、2008年には東シナ海のガス田を日中で共同開発することで合意しています。
── 9月29日に日中国交正常化50周年を迎えます。
近藤 その2日前の9月27日に行われる安倍元首相の国葬には、王岐山副主席が出席するとされていますが、万が一、安倍氏と個人的にも親しかった蔡英文総統が国葬に出席することになれば、王岐山は出席をとりやめるでしょう。
 8月24日には中韓国交正常化30周年を迎えますが、中国は尹錫悦大統領の訪中を、韓国は習近平主席の訪韓を求めており、決着がついていません。韓国は「間合い」に非常に敏感な国ですから、この中韓国交正常化30周年がどのような結果に終わるか注目すべきだと思います。その結果が、日中国交正常化50周年の試金石にもなるでしょう。
 私は40周年を迎えた2012年に北京に滞在していましたが、同年9月11日の尖閣諸島国有化によって、中国の対日感情は一気に悪化しました。当時、江沢民派と胡錦濤派の権力闘争が激化していましたが、江沢民派は「胡錦濤政権の親日的政策が尖閣国有化を招いた」と主張し、胡錦濤派は一気に劣勢に立たされたのです。その結果、習近平がトップに就いたのです。逆に言えば、尖閣国有化がなければ、習近平政権は生まれなかったかもしれません。

神谷宗幣「本音で日本の自立を語る」(『維新と興亜』第14号)

 『維新と興亜』第14号(令和4年8月28日発売)に掲載した神谷宗幣先生のインタビュー「本音で日本の自立を語る」の一部を紹介します。

■ブームで終わらせない国家観のある政党として
── 参政党は先の参院選で神谷さんが当選され、一議席を獲得されました。今後、国会でどのように活動されていくのですか。
神谷 まだ登院したばかりなので手探りですが、先日の三日間の臨時国会の間に質問主意書を五本提出しました。質問するチャンスが限られているので、質問主意書をどんどん政府に出してその回答を皆さんに伝えていきます。この質問主意書も、私一人で考えるのではなく全国の支部から地方の課題も含めて聴き取りを行い、合理性のあるものを選んで国会に提出しようと考えています。こうしたこつこつした活動を通じて、他党の方から参政党はネットだけとか、一時のブームだけでやる政党ではなく、きちっとした軸とか国家観をもってやる政党なんだということを分かってもらい、なかなか院内では一人では出来ないことばかりですので、他の政党との会派の結成なども視野に入れながら参政党の理解者を院内に増やしていくことが私に求められていることだと考えています。
── これから党としての政策を固めていく段階に入ると思いますが、今後どのようなプロセスで党としての統一した政策を出されるのですか。
神谷 まず運営党員のなかで政策の勉強会を9月頃からやります。そのなかで政策に長けた運営党員を選抜し、その方々に政策のたたき台を作ってもらいます。そして、そこで出てきたものを各支部に投げて支部の党員の意見を聴いていきます。さらにそこで練り上げたものを最終的には党員投票で決めます。つまり、①運営党員がたたき台を作る②我々本部で揉んで投げ返す③支部の意見を反映させる④党員で投票、といった四つくらいのステップを踏むかたちになります。ですから、一部の方々が言っているように、武田先生や所属議員の方があれを言ってるとかこれを言っているということは党の政策には反映されないので、それを党の見解と見なすのは全くの誤解でありプロパガンダに踊らされています。
── 憲法改正について「創憲」を掲げておられますが、これは今の憲法を是としたうえで、それを改正するということで間違いないでしょうか。
神谷 そこのプロセスについてはこれから話し合っていかねばなりませんが、私個人としては今の憲法を是としていません。はっきり言って無効だと思っています。それは法的に言ってもそうです。ただ、それでどうやって変えていくのかといった時に、無効の手続きをして大日本帝国憲法に戻してそれを改正することになると本当に何も出来ない可能性があるので、そこは妥協する必要もあるのかなと思っています。変えていかねばならないのは事実ですし、根っからの護憲派などは話になりませんが、変えるにしても緊急事態条項のようなものを加えられると、今回のコロナの事でもいまだに日本だけがワーワー騒いでいて世界はとっくに終わっているのに、作り出されたパンデミックで日本人の人権や経済活動が奪われるような決定権が与えられかねないので、そういう所は絶対に変えさせてはならないと思います。もちろん、私も戦後レジームからの脱却は必要だと思っていますが、改正が改悪になるか改善になるかは中身によるので、ただ変えれば良いというものでもありません。
── いまの憲法の最大の問題は、天皇の地位を「主権者たる国民の総意に基づく」と規定した第一条ではないでしょうか。しかし「創憲」になると、結局は天皇の地位を国民が規定することになるという意味での危険性を孕んでいるのではないでしょうか。
神谷 そうですね。私も先程言ったように、今の憲法は無効だし、大日本帝国憲法の改正から始めるべきだと思っていますが、それを言っているといまの人達は全然ついてこないので、そこは何らかの妥協が必要になってくると思います。余り正論を言い過ぎても結局合意が取れずに物事が前に進みません。何でも良いから変えろというのも間違っていますが、正論になるべく近づけつつ、民意も呑んで行かないと何も変わりません。これは私一人の意見で決められることではないので、党員との対話で意見を聴き、識者も招きながら憲法案を作らねばなりません。理想と現実の狭間で悩んでいるのが実情です。

■いかにしてアメリカから自立するか
── 参政党が反対するグローバリズムの根底には、我が国の従属的な対米関係があると思います。神谷さんは「自分の国は自分で守る」と仰っていますが、アメリカとの関係において、アメリカに守ってもらうのではなく自分の国を自分で守るにはどうしたら良いとお考えですか。
神谷 これは段階が必要だと思います。いきなりアメリカと縁を切って自分の国は自分で守るというのは非現実的だと思います。あくまでアメリカにもメリットになるかたちで日本が自立するんだという絵を描かねばならないと思います。我々もアメリカの政治には内政干渉は出来ませんが、共和党保守派の人たちのように、アメリカはアメリカでやる、日本は日本でやれと言うような人たちに政権を取ってもらわないといけません。民主党政権はグローバリストなので交渉の仕様がありませんし、交渉してもこっちが潰されるだけです。したがって、そういうことを一緒に話し合ってやってくれるような人たちを政治の中枢に押し上げていくようなロビーイングが必要だと思います。それを日本単独でアメリカの状況を無視してやってもさらに状況は悪くなると思います。なんだかんだ言っても日本がアメリカの傘の下にいるのは事実なので、悔しいけれどもそれは認めて、そのなかでどういうステップを踏んで行けば良いのか戦略的に考え長期的スパンでやらないと、いまのバイデン政権のもとでそんなことを声高に主張しても潰されるだけになってしまいます。
 ですから、日本には日本で自分でやってもらって、何だったらアジアの防衛も過去のように日本が主体的にやってもらったら良いだろうというふうに、従属的なパートナーシップではなく対等なパートナーシップまでどうやって持っていくかという絵を描かねばならないと思っています。私は、安倍晋三氏はそういう絵を描かれていた方だと思ったので、彼が総理になるのを応援したし、自分も彼のお声がけで自民党に入りました。しかし安倍氏ですら、それは成し遂げられなかった。ですから、我々がそれを目指しても一朝一夕で出来るとは思いませんが、だからといって諦めるのではなく、少なくとも党内でそのような思いを共有できているという状況を作っていかねばなりません。