「『維新と興亜』」カテゴリーアーカイブ

「右翼テロの標的!? 国民=大御宝を苦しめる経団連」(『維新と興亜』第8号)紹介動画

『維新と興亜』第8号特集「右翼テロの標的!? 国民=大御宝を苦しめる経団連」の紹介動画をアップしました。

「財閥富を誇れども 社稷を念う心なし」
蜷川正大「民族派は国家の危機を察知する〝触覚〟」
針谷大輔「右派はなぜ財界の横暴に無関心なのか─麗しき山河を守れ」

 本誌は、竹中平蔵氏に代表されるグローバリストたちを糾弾してきた。彼らがアメリカの要望に応える形で、規制改革を推進した結果、格差の拡大や共同体の破壊が進んだからだ。しかも、空港や水道などが特定の企業に「私物化」されつつある。まさに売国的行為だ。
 では、竹中氏らの新自由主義路線は、誰の意向で進められているのか。それは、日本の大企業の意向にほかならない。その元締めこそ経団連だ。いまや日本の有力企業の多くが外資系となっているので、経団連はグローバル企業の元締めでもある。
 日本の賃金水準の低下を招いたのは経団連の責任であり、法人税減税と消費税増税を主張し、我が国の税制を歪めてきたのも経団連だ。しかも、彼らは国家戦略特区諮問会議や成長戦略会議などの諮問会議と歩調を合わせ、「規制改革」の先頭に立ってきた。彼らは次々と提言を発表し、環太平洋経済連携協定(TPP)推進、外国人労働者の受け入れ拡大、「農業改革」など、一連の改革を進めてきた。
 こうした経団連の横暴が罷り通ってきた理由の一つは、保守派、右派が経団連を批判しなくなっているからだ。いまや、「保守」を名乗る月刊誌が、新自由主義を礼賛する国家戦略特区ワーキンググループ民間議員に、主張の場を提供するような有様だ。
 振り返れば、我が国では資本主義導入以来、國體の立場から資本主義の弊害を批判する言論が存在してきた。やがて、営利至上主義の財閥に対する国民の激しい憤りを背景に直接行動が展開された。
 大正十(一九二一)年九月には安田財閥の首領・安田善次郎が朝日平吾に刺殺され、昭和七(一九三二)年三月には三井財閥の総帥・團琢磨が血盟団の菱沼五郎によって射殺されている。五・一五事件で蹶起した三上卓が作った「青年日本の歌」には、「財閥富を誇れども 社稷を念う心なし」とある。財閥を狙った右翼の直接行動は、いずれも愛国思想に基づいていたのだ。
 ところが戦後、GHQの占領政策によって我が国の愛国思想は封じ込められ、東西冷戦勃発後、右翼は反共・親米に誘導された。やがて、「資本主義擁護、グローバリズム擁護が右派のとるべき立場だ」という考え方が広がったいった。しかし、経団連事件に象徴されるように、戦後体制打破を掲げ、営利至上主義の財界に牙を剥いた先人たちは存在したのだ。彼らこそ、昭和維新の精神を引き継いだ本来の民族派だったのではないか。
 経団連新会長に就いた十倉雅和氏は、「新自由主義や市場原理主義に基づく行き過ぎた効率追求や規模拡大が、格差の拡大や再生産、気候変動、生態系の破壊を招いている」と語ったという。ならば、経団連はこれまでの新自由主義路線を直ちに転換すべきだ。
 経団連が社稷を思う心を取り戻さなければ、やがて「経団連を討て」という国民の声が高まるに違いない。

「渋沢栄一の『第二維新』─大御心を拝して」(坪内隆彦、『維新と興亜』第8号)

『維新と興亜』第8号に掲載した「渋沢栄一の『第二維新』─大御心を拝して」(坪内隆彦)の一部を紹介します。
「渋沢栄一の『第二維新』─大御心を拝して」(坪内隆彦)(『維新と興亜』第8号)

〈渋沢栄一が九十一年の生涯を閉じたのは、昭和維新運動が台頭しつつあった昭和六(一九三一)年十一月のことである。一見すると彼の人生は昭和維新運動とは無関係に見えるが、彼は終生「明治維新の貫徹」「第二の維新」を願っていたのではあるまいか。彼は水戸学で培った國體思想、尊皇思想を堅持し、常に日本の本来あるべき姿を思い描いていたからだ。
 本誌第五号「渋沢栄一を支えた水戸学と楠公精神」で述べた通り、若き日の渋沢はペリー来航以降の激動の中で尊皇攘夷思想に目覚め、水戸学を崇拝し、藤田東湖の『常陸帯』や『回天詩史』を愛読した。渋沢の國體思想が終生変わらなかったことは、晩年に著した『論語講義』にも明確に示されている。渋沢が幾多の企業設立、育成に取り組んだのも、大御心を拝して、国家の生存と国民生活の安定に寄与するためだった。
 本稿では、渋沢が教育勅語や戊申詔書などの詔勅といかに向き合ったかを紹介したい。そこからは、大御心に応え奉り、国民精神の発揚を願う渋沢の姿が浮かび上がってくる。……渋沢は、明治三十五(一九〇二)年に埼玉県出身学生を助けるため埼玉学生誘掖会を設立した。「誘掖」とは、導き助けるという意味である。彼は、寄宿舎を運営したり、奨学金を貸与したりすることによって、学生たちを助けようとしたのである。明治三十八年には七カ条の寄宿舎「要義」が定められたが、その最初に掲げられたのが、「教育勅語ノ聖旨ヲ奉体シ、至誠以テ君国ニ報ユヘシ」である。「要義」発表式では渋沢が「要義」を朗読した上で、次のように述べている。
 〈抑も教育勅語たる、日本臣民の常に肝銘して忘る可からざるものなり。謹んで其の聖旨のあるところを惟るに始めに於て国家の根本たる可き教育の淵源を示し、更に人倫五常の有るところを説き、国民の義務を明にせられたるものにして、時の古今、国の東西を問はず堂々不磨の大律なり。諸子は日常善く此の旨を体して修学の羅針盤とす可きなり〉

「明治維新と神社神道 神社と神道をめぐる今日的な課題を探る」(稲 貴夫、『維新と興亜』第8号)

『維新と興亜』第8号に掲載した「明治維新と神社神道 神社と神道をめぐる今日的な課題を探る」(稲 貴夫)の一部を紹介します。
「明治維新と神社神道 神社と神道をめぐる今日的な課題を探る」(稲 貴夫)(『維新と興亜』第8号)

〈現代日本人の神社に対する具体的な印象や理解の仕方は如何なるものでせうか。神社は、日本固有の信仰である神道に基づく祭祀の場ですが、神社本庁の包括下だけでも全国に約七万八千五百社(法人数)の神社があります。さらに神社毎に由緒も規模も異なるため、個々人の神社との関はり方によつて区々であると思はれます。これまでに複数回行はれてゐる神社に関する意識調査などでも、地域や年代によつて様々な傾向がみられることが報告されてゐます。
 このやうな神社に対する認識は、神職の場合でもあまり変はらないところがあります。神社とは何かといふ、神社の本質に関する理解でも、神職の経歴や奉仕神社の性格によつて異なつてくるのです。事実、教派神道とは異なり神社神道には教義経典が無いことから、神社が宗教であるか否かをめぐつて、関係者の間で論争になつたりすることもあります。実はこの論争は今に始まつたことではなく、近代の歴史の中で、現代とは比較にならないほど真剣に議論されてきたテーマです。それは、近代日本の出発点である明治維新を経た新たな国家体制のもとでの神社政策が発端であり、その壮絶な終焉とも言へる大東亜戦争の敗戦による占領政策によつて、法制度上は強制的に決着がつけられた問題でした。
 果たして、その中で神社の置かれた環境がどのやうに変化し、現代の神社にどのやうな変化を及ぼしてきたのか。変はつたものと変はらないものを見極めることで、神社の本質に近づくことができるかもしれません。またそのことが、価値観が多様化するだけでなく、科学技術や産業社会の発展とともに多くの問題が明らかとなつてきた今日の文明社会の中で、今後の神社のあり方、社会との関係を考へる大きなヒントを与へてくれるかも知れません。
 それではまづ、近代史の中での神社の置かれた環境変化について、その概略を見ていくことにします。〉

「右派はなぜ財界の横暴に無関心なのか 麗しき山河を守れ」(針谷大輔、『維新と興亜』第8号)

『維新と興亜』第8号に掲載した「右派はなぜ財界の横暴に無関心なのか 麗しき山河を守れ」の一部を紹介します。
「右派はなぜ財界の横暴に無関心なのか 麗しき山河を守れ」(針谷大輔)(『維新と興亜』第8号)

〈── なぜ右派や保守派は財界に甘くなったのでしょうか。
針谷 社会的弱者を含めた国民全体に対する陛下の大御心を理解していないからだと思います。財界の横暴に無関心なのは、尊皇心が欠けているからです。同時に、GHQによって植え付けられた個人主義、利己主義が日本社会全体に蔓延してしまい、全てが損得勘定で動くようになってしまったからでしょう。
 かつては、政治家には「政治の力で国民を豊かにする」という誇りがありました。しかし、今の政治家たちは自分の利益を優先するようになっています。そうした政治家が営利を追求する企業に利用され、国民の富を独占しているのです。
 竹中平蔵氏が会長を務めるパソナは、何かを自分たちで生み出しているわけではありません。政治の力を使って、仲介料や手数料という形で、金をふんだくっているだけです。電通にしても、かつては企画力、創造力で勝負していましたが、いまや中抜きで儲けるような企業に成り下がってしまいました。そうした企業が優遇されているのは、政治と結託しているからです。
 私が恐れるのは、自分が動いたところで何も変わらないという諦めの気持ちを抱くことです。我々の運動によってすぐに社会が変わるとは思っていません。しかし、自分が動くことによって必ず何かが変わると信じるべきです〉

「なぜ経団連事件は起きたのか 民族派は国家の危機を察知する〝触覚〟」(蜷川正大)

『維新と興亜』第8号に掲載した「なぜ経団連事件は起きたのか 民族派は国家の危機を察知する〝触覚〟」(蜷川正大)の一部を紹介します。
「なぜ経団連事件は起きたのか 民族派は国家の危機を察知する〝触覚〟」(蜷川正大)(『維新と興亜』第8号)
 〈右翼が財界を襲った戦後初めての事件
── 経団連事件の目的は何だったのでしょうか。
蜷川 戦後、右翼が財界を襲ったのは経団連事件が初めてです。野村先生が経団連を標的にしたのは、日本の文化と伝統を慈しみ、培ってきた我々の大地、うるわしき山河を、彼らが経済至上主義によって引き裂いてしまったと考えたからです。しかも、財界首脳は戦前的な勢力や風潮は望ましくないという姿勢を貫き、戦後のナショナリズムを巧みに反共にすり替え、企業防衛の思想へ転化させてきました。野村先生は、こうした財界の姿勢は容認できないと考えました。野村先生は日本を弱体化させている「戦後体制」を打破するためには、それを支えている政界やマスコミとともに、財界を糺さなければならないと考えていたのです。
 ところが、野村先生の行動は当時の右翼陣営からはあまり評価されませんでした。反共右翼が強い時代だったからです。経団連事件の檄文を高く評価した石原慎太郎氏は、例外的な存在でした。
 事件発生直後、経団連の土光敏夫会長が「経団連会長室を襲ったのは右翼だ、との情報だが、本来私は右翼であり、右翼から狙われるなどということは、おかしな話だ」と語ったことは、当時の右翼がどう認識されていたかを如実に示しています。共産主義に反対し、体制を守るのが右翼だととらえられていた時代だったということです。評論家の猪野健治先生や竹中労氏は、経団連事件を、反共一辺倒で体制擁護派と誤解されてきた戦後の右翼が、右翼本来の姿勢を明確に打ち出し、アピールした極めて象徴的な事件だったと位置付けています。
── 檄文(十八頁参照)は営利至上主義、経済至上主義を厳しく批判するとともに、「水俣病患者・スモン病患者の心痛に対して、一度でも敬虔な反省をもったことがあるのか」と公害をもたらした企業の責任を追及しました。
蜷川 当時、公害問題で企業を攻撃していたのは左翼であり、「企業を攻撃する左翼を右翼が叩く」という図式がありました。右翼には、公害問題には取り組まなければならないが、それは左翼を利することになるという考えがあったのだと思います。野村先生の行動を理解したのは、葦津珍彦氏や毛呂清輝氏など、戦前から昭和維新運動に挺身してきた人たちでした。三上卓先生が作った「青年日本の歌」に「財閥富を誇れども社稷を念う心なし」とあるように、戦前の民族派は民衆の膏血を搾る財閥を糾弾していました。
 野村先生は「新右翼」と呼ばれましたが、むしろ戦前の民族派への回帰ととらえた方がいいと思います。もともと、野村先生は若い頃に起こした事件で下獄した時に、三上先生の門下生である青木哲氏と出会い民族派思想に目覚めました。特に、野村先生は大川周明、影山正治、蓮田善明の三人から強い思想的影響を受けました。〉

【特集】財閥富を誇れども 社稷を念う心なし 「経団連を討て!」(『維新と興亜』第8号)

『維新と興亜』第8号に掲載した【特集】財閥富を誇れども 社稷を念う心なし 「経団連を討て!」のリードを紹介します。
特集(『維新と興亜』第8号)
 〈本誌は、竹中平蔵氏に代表されるグローバリストたちを糾弾してきた。彼らがアメリカの要望に応える形で、規制改革を推進した結果、格差の拡大や共同体の破壊が進んだからだ。しかも、空港や水道などが特定の企業に「私物化」されつつある。まさに売国的行為だ。
 では、竹中氏らの新自由主義路線は、誰の意向で進められているのか。それは、日本の大企業の意向にほかならない。その元締めこそ経団連だ。いまや日本の有力企業の多くが外資系となっているので、経団連はグローバル企業の元締めでもある。
 日本の賃金水準の低下を招いたのは経団連の責任であり、法人税減税と消費税増税を主張し、我が国の税制を歪めてきたのも経団連だ。しかも、彼らは国家戦略特区諮問会議や成長戦略会議などの諮問会議と歩調を合わせ、「規制改革」の先頭に立ってきた。彼らは次々と提言を発表し、環太平洋経済連携協定(TPP)推進、外国人労働者の受け入れ拡大、「農業改革」など、一連の改革を進めてきた。
 こうした経団連の横暴が罷り通ってきた理由の一つは、保守派、右派が経団連を批判しなくなっているからだ。いまや、「保守」を名乗る月刊誌が、新自由主義を礼賛する国家戦略特区ワーキンググループ民間議員に、主張の場を提供するような有様だ。
 振り返れば、我が国では資本主義導入以来、國體の立場から資本主義の弊害を批判する言論が存在してきた。やがて、営利至上主義の財閥に対する国民の激しい憤りを背景に直接行動が展開された。
 大正十(一九二一)年九月には安田財閥の首領・安田善次郎が朝日平吾に刺殺され、昭和七(一九三二)年三月には三井財閥の総帥・團琢磨が血盟団の菱沼五郎によって射殺されている。五・一五事件で蹶起した三上卓が作った「青年日本の歌」には、「財閥富を誇れども 社稷を念う心なし」とある。財閥を狙った右翼の直接行動は、いずれも愛国思想に基づいていたのだ。
 ところが戦後、GHQの占領政策によって我が国の愛国思想は封じ込められ、東西冷戦勃発後、右翼は反共・親米に誘導された。やがて、「資本主義擁護、グローバリズム擁護が右派のとるべき立場だ」という考え方が広がったいった。しかし、経団連事件に象徴されるように、戦後体制打破を掲げ、営利至上主義の財界に牙を剥いた先人たちは存在したのだ。彼らこそ、昭和維新の精神を引き継いだ本来の民族派だったのではないか。
 経団連新会長に就いた十倉雅和氏は、「新自由主義や市場原理主義に基づく行き過ぎた効率追求や規模拡大が、格差の拡大や再生産、気候変動、生態系の破壊を招いている」と語ったという。ならば、経団連はこれまでの新自由主義路線を直ちに転換すべきだ。
 経団連が社稷を思う心を取り戻さなければ、やがて「経団連を討て」という国民の声が高まるに違いない。〉

【巻頭言】ビル・ゲイツによる食の支配を許すな(坪内隆彦、『維新と興亜』第8号)

『維新と興亜』第8号に掲載した【巻頭言】ビル・ゲイツによる食の支配を許すな(坪内隆彦)の一部を紹介します。
巻頭言(『維新と興亜』第8号)
 〈九月にニューヨークで開催される国連食料システムサミットは、わが国の食と農の将来を左右する極めて重要な会議となりそうだ。グローバリストたちは、このサミットの議論を有利に展開し、世界の食と農の支配を強めようと目論んでいるからだ。例えば、彼らは安全性に疑問があるゲノム編集技術を使った農作物や農薬、デジタル農業・スマート農業を世界に拡大しようとしている。前号の特集で警鐘を鳴らしたグローバルアグリビジネスがいま攻勢に出ようとしているのだ。
 警戒すべきことは、「アフリカ緑の革命のための同盟(AGRA)」のアグネス・カリバタ総裁(元ルワンダ農相)が、このサミットを主導することだ。AGRAは、アフリカの貧困と飢餓を克服するために設立された国際組織とされている。しかし、AGRAはマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツの「ビル&メリンダゲイツ財団」から資金提供を受け、遺伝子組み換え作物(GMO)の生産をアフリカに広げてきた。
 ビル・ゲイツの食料戦略については、なぜか日本国内ではあまり報じられていない。今年一月に公表されたThe Land Reportの報告によると、アメリカで最も広大な農地を所有しているのがゲイツだ。ルイジアナ、アーカンソーなど十八の州で、合計二十四万二千エーカー(約九百八十平方km)を所有している。〉

『維新と興亜』第7号

『維新と興亜』第7号(令和3年6月)

『維新と興亜』第7号

定価660円。本サイトでは600円で購入できます(ペイパル)。
なお、富士山マガジンサービスBASE (ベイス) でも購入できます。

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《目 次》

【特集】グローバリストに支配される日本の食と農 属国農業から脱却せよ!
グローバリストに操られるわが国の農政(三橋貴明)
植民地農業を推進する菅政権(室伏謙一)
農本主義と現代の農業問題 グローバルアグリビジネスを打ち破れ(小野耕資)
日本精神の体現としての農(三浦夏南)
【日本浪曼派座談会】日本回帰・第五の波に備えて 中(ロマノ・ヴルピッタ、金子宗德、山本直人、荒岩宏奨)
【対談】アジア主義の封印を解く! 下(クリストファー・スピルマン、小山俊樹)

【巻頭言】 宮城県の水道民営化を阻止せよ(坪内隆彦)
●時 論 浦安から「食の安全」を通して我が国の食糧安保に貢献する(折本龍則)
●時 論 二度の東京五輪が示す開発の害悪(小野耕資)

【新連載】「維新」としての世界最終戦 現代に甦る石原莞爾(一)第二次世界大戦≠世界最終戦(金子宗德)
【新連載】尊皇愛国の経営 第1回(川瀬善業)

「海外神社」の思想 小笠原省三のアジア主義 下(菅浩二)
愛郷と郷土共同体(杉本延博)
三島由紀夫『英霊の聲』再読 ③(玉川博己)
藤田東湖と西郷南洲 ④ 水戸学の思想的エネルギー(山崎行太郎)
情報機関なくして自立なし 日本の情報体制強化策 ② アメリカに魂を売った外務省(福山隆)
國體護持のための真正護憲論(新無効論)②(南出喜久治)
皇統守護の任への自覚 高宮垂加神社を訪れて(折本龍則)
新左翼と歌心 重信房子『ジャスミンを銃口に』を読む(海野 学)
村上一郎と三島由紀夫事件 ③ 文武湊合への道(山本直人)
田中角榮とロッキード事件 ①(田口 仁)
近藤啓吾『紹宇存稿』他(折本龍則)
【書評】杉本延博著『国家社会主義とは何か』(評者:小野耕資)
活動報告
編集後記

『維新と興亜』副編集長・小野耕資がシンポジウム「戦後体制をいかに超克するか」に登壇(7月23日)

7月23日に東京で開催されるシンポジウム「戦後体制をいかに超克するか」(主催:東京新風倶楽部)に、『維新と興亜』副編集長・小野耕資が登壇します。

【日  時】 令和3年7月23日(金・祝) 14:00~16:45(開場13:30)
【場  所】 東京都品川区東大井5-18-1
きゅりあん(品川区立総合区民会館) 6F 大会議室
JR京浜東北線・りんかい線・東急大井町線「大井町駅」徒歩2分
【第 一 部】 基調講演「皇位継承問題の核心」黒田秀高(維新政党・新風副代表)
【第 二 部】 シンポジウム「戦後体制をいかに超克するか」
発表者 荒木和博/ペマ・ギャルポ/高池勝彦/
小野耕資/プロビール・ビカシュ・シャーカー
進行役 三浦小太郎(維新政党・新風副代表)
【第 三 部】 講演「戦後体制打破と政党運動」魚谷哲央(維新政党・新風代表)
【主  催】 東京新風倶楽部
【共  催】 維新政党・新風 東京都本部/神奈川県本部/千葉県本部
【協  力】 英霊の名誉を守り顕彰する会
【連 絡 先】 Tel:090-9235-1790(児玉)
【参 加 費】 無料

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